DDS15周年記念SS01 - 明日香編 -
Euph.作
明日香の鼻を、緑風が撫でた。
うーん……。
午睡からの覚醒。いや、もっと長い時間寝ていたような。
明日香はまばたきを数度繰り返し、薄らと目を開けた。
「ん」
二・三度力強く瞬く。首を振る。見えるもの。それは一面の緑が萌ゆる草原である。
皆の姿は無い。
心細さにチクリと胸が痛んだ。
そしてジクジクする、明日香の思い。
張り裂けそうで、今にも助けを求め、大声で叫びたいこの気持ち。
と。
気配は後ろ、それは突如現れた。
「明日香ちゃん、あらおはよう。明日香ちゃんは今ごろお目覚め?」
驚く。
どこかで聞いた、いや。毎日いつも聞いている声。
それは、明日香自身の声にそっくりな女性の声だった。
明日香はがばりと振り返る。
そこには少女が一人。肩まであるざく切りショート、眼鏡。
明日香はうめき、口を開いた。
「ええ!? あなたは……」
そして瞬く明日香。
「うふふ、『変なの』って顔してる! でも、そんな驚きの中にある明日香ちゃんと、
この私アスカも一緒だよ? あはは、驚いた?」
と、笑み満開でアスカと名乗るそっくりさん。
輝きと疑いを知らなかった頃の私だ、と明日香は感じる。
でも。
「私はアスカ」
その子は胸を張って名乗る。明日香と同じ名前、それはアスカなのだ。
その自信満々な宣言に、明日香は目をこれでもかと見開き、唾をゴクリと飲み込んだ。
そして最初はぼそぼそと、そして言い終わる頃には相手に叩き付けるような力強い声で言い放つ。
「私が明日香よ!」
明日香の瞳は揺るがない。
アスカと名乗る少女はそんな明日香に眉間に少し皺を寄せ、やや硬い声で述べるのだ。
「そういった表情を見せることもできるのね、可愛い明日香ちゃん」
だがそれでもアスカは笑みを崩さない。
二人の時間。それは新たな強い風が吹くまでの刹那の時間。
そう。
二人の前に、第三の客である。
「でもね?」
と、どこからやってきたのか、アスカと同じく彼女は突然二人の前に現れた。
明日香は新たな声、これも自分そっくりの声音に向かって振り向いた。
またまた出てきた、今度は何もかもが巧くいくと信じていた頃の、
自信に溢れていたころの明日香自身に似ていると思った。
三人の明日香。明日香はつぶやく。
「世界には同じ顔をした人間が三人はいる、と言うけれど」
と弱い声。
改めて明日香は見る。自分そっくり、いや、自分自身かもしれないこの二人を。
「私は明日香ちゃんが元気がなさそうだから、応援に来たんだよ?」
と、アスカ。
「そう? この私あすかも明日香ちゃんが頑張れるように応援しに来たんだよ?」
と、あすか。
受けてつぶやく明日香の声は、まるっきり気が抜けているかのよう。
「でもね?」
と、三番目に現れたあすかは。
「ドッペルゲンガーに出合った人は──」
あすかが目尻を釣り上げ、口を曲げて悪意を零す。
「そう、その人はじき世界から消える」
あすかは続ける。
「消える、消えるのよ明日香ちゃんは」
明日香は気づいた。柔らかく照らす日差しの強さは変わらないのに、
自分の影がどんどん薄くなっている自分に。
「今まで良く頑張ってくれたわ。おつかれ様、明日香ちゃん」
と、あすか。
「ええ。明日香ちゃんは私達のどちらかに力を全部渡して、役割を全部終えるの。
ああ、心配しないで? 明日香ちゃんの力を貰うのは、明日香ちゃんの力を
私あすかか、そこのアスカのどちらかに吸収されてより良く使ってあげるから」
とんでもない事を明日香は聞いた。
明日香は焦る。あすかがこうして明日香に話しかけている間にも、
明日香自身の影が無くなりつつあるという異常。
そして見る。逆に影が濃くなりつつある明日香以外のそっくりさんたちの影。
──私が、消える!? でも、でも! そんな事、この私が許さない!
力をぐんぐん吸われる感覚に、明日香は気を失いそうになる。
挫けそうになる明日香。でも、明日香の脳裏に今も世界のために
戦っている仲間達の顔や姿が次々と現れては消え、その全てが
『明日香がんばれ!』『明日香諦めるな!』と言葉を投げかけていた。
明日香は踏ん張る。
そして伸ばされる大切な仲間達の手。
明日香は手を伸ばす。
あと少しで手を握れそう。
だが、迷い風が手を払う。
救いの手が遠のく。
だが。
一瞬顔をゆがめるも明日香は怯まない。
そっくりさん二人を前に、彼女は心を決めた。
明日香はよりはっきりと、仲間たちが差し伸べる手を握ろうと手を伸ばした。
近づく手と手。
──がんばれ!
明日香は自分自身に発破をかける。
「ダメ! 私は私!」
明日香は深呼吸して、お腹から声を吐き出したのだ。
そして明日香は世界に訴える。
「私こそ明日香よ!」
明日香は仲間の手を掴んでいた。
見開く明日香の眼がそっくりさん二人を捕える。
ぽっかり。そんな例えがふさわしく丸く開かれた口二つ。
そしてその大声に二人のそっくりさんが揃って眼を剥いていた。
「私は一人よ! よく聞いて! 魂の応援に来てくれた私の二人のそっくりさん。
でもね、私はあなた方が考えて思ってくれる以上に優しくて、そして折れないの。
だからね、私と同じく優しいあなたたち。逆に私があなたたちを助けてあげる。
だから、あなたたちの影をもらうわ。そして、私はあなたたちの好意を受けて、
もっと優しくなるの。そしてね、数多の悲しみを越えて強くなるの。だからね、
届いて私の思い! ここ常若の国にて出合った私のそっくりさんたち、ありがとう!」
明日香は微笑む。瞳がきらめく。
明日香の決意と同時に、明日香の全身が光を放ち始める。その輝きは優しく
明日香のそっくりさんたちを包み込む。
天頂の光と、たたずむ明日香を垂直に照らす光の塊、そして足元には濃い影が
大地に丸く刻まれる。
「あなたたちの思い、私にちょうだい! 自信を失いつつあった私を元気付けてくれた、
私のそっくりさんたち! あなたたちの思いは忘れない!」
「ああ、明日香!」
第二の明日香、アスカは光に包まれて。
「これが明日香の底力!」
第三の明日香、あすかは光射られる目に手をかざし。
明日香を中心に光が爆発する。
光輝は明日香を中心にそっくりさんを貫いた。
そして、光が収まったのだ。
緑萌ゆ丘は色とりどりに花咲く丘に変わっていた。
もう、そっくりさん二人の気配は無い。
「思い出した。私は●●●。ここ常若の国の創世神にして大地の女神」
明日香は自分が零した言葉に驚く。
自然と笑みが零れた。
「そうか、そうか、そうか、うん」
頬が綻ぶ。
風が花びらや若葉と共に、新緑の香りを運んでくる。
明日香は自分のそっくりさんたちの事を思う。
優しい自分、厳しい自分。そして下手すると意識を呑まれかねなかった
明日香の分身たち。
そう、彼女達は明日香を助けに来たのだ。その結果は自分たちが明日香に
なり代わることではなく、明日香本人の力となった。
「ありがとう」
明日香の言葉は温かな風に乗ってとける。
明日香は草の香りを感じつつ、草原に大の字になって深呼吸をする。
まぶたが重い。明日香は感じる。心地よい眠りへの誘いを。
そして明日香は再びウトウトとし始める。
そう、明日香は次の覚醒の時まで、世界が明日香を必要とするその時まで、
神としての意識を沈ませたのである。