恋は遙かに綺羅星のごとく

        Euph.作


皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾九日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 創作文芸科 第参学年教室

「認めん! そのような決定、この大江戸特芸高専の風紀を預かるものとして断じて認められん! メイド喫茶だ!? この神聖なる学校の学園祭であのような風俗まがいの低俗サービスを提供するだと!? 愚かしいにも程がある!」
 ――またコイツかよ――いい加減にしてくれよ――毛利うぜー――。
 教室中が騒がしい。ほぼ全員が琉璃夏に文句を言い始めた。それはそうだ。高専祭の出し物が決まって、やっとこの退屈な会議から開放されようとした矢先だったのだから。
「考えても見るがいい! 貴様等、この愚劣極まりない選択の結果がどのようなことになるかを! この決断が我らの輝ける学生生活に与えるであろう不利益を! 愚鈍な貴様等には想像もできまい! いいか! この寛大なる私が、無知蒙昧なる貴様等に直々に教育してやるから感謝しろ! しっかり聞けよ!? よく聞くんだ!! 一度しか言わないからな!? 今から言う私の台詞をその皺のない脳細胞にしかと刻み付け、末代まで語り継ぐが良い!!」
 ――琉璃夏が物凄い剣幕でわめくと教室が押し黙った――奇妙な緊張感を持つ静寂が訪れる。琉璃夏が息を吸う。その音はみんなも聞いたはずだ。
 ――途端に愛らし過ぎるアニメ声が響いた。
「『キャー! お帰りなさいませ! ご主人様ぁ(キラッ☆)』『ご主人様、今日もお勤めお疲れ様でしたぁー(はーと)』『ご主人様、コーヒーをお持ちいたしましたー(キラッ☆)。ミルクや砂糖は如何ですかぁ?(うぃんく) ええ!? いらないんですかぁ? ごめんなさぁい、ブラックのままではお出しできないんですぅ♪ ヤダぁ、どうしても愛情がたっぷり入っちゃうんですよぉ(はーと)』――だ? フリフリレースのメイド服に白いカチューシャなど着て、そんなこと口が裂けても言えるか! メイド喫茶だぞ!? お前たちは百万の覚悟をもって、こんな吐きそうな台詞が臆面もなしに言えるのか!? お前たちはアドリブで『てへへ(ハート)、うっかり口が滑っちゃいましたぁ(キラッ☆)』などと言えるのか!?」
 琉璃夏がトドメとばかりに机を拳で殴りつける。その派手な音を合図に、みんな豪快に噴出した。――ちょ、今の毛利、反則だろ――か、かわゆす――お、オレ、もう死んでもいい――。男子が軒並み悶絶している。女子も似たり寄ったりだ。過呼吸に陥ったもの、腹を抱えて大笑いしているもの。そういうオレもかなり危なかった。クラッと来た! どうして琉璃夏ごときに!
「やかましいわ! 黙れ貴様等! その罪、万死に値するぞ! その舌引き抜かれたいか!! 貞淑なる大和撫子諸君、貴様たちも想像してみるこどだ! カメラを隠し持ち、シャッターチャンスを伺いながら上目遣いで心にもないことを君たちに告げる弛み切った隣の男子の顔を! そうだ! 体を震わせながら君ににじり寄る男子の姿をだ!!」
 ――え? ヤダ。でも、ちょっと嬉しいかも!?――嘘、興味あるかも!――
 ば、バカか! お前らまで止めろ、琉璃夏を刺激するんじゃない! なにか裏があるに決まってるんだ!
「時代錯誤も甚だしい! おおかた貴様等は脳味噌にミドリムシでも飼っているに違いない! たとえ校長や教授会、学生会が承認しようと、風紀委員であるこの私が認めん!」
 無茶苦茶である。いつもながらとはいえ、琉璃夏は声を大にして、机をバシバシ叩きながら奇天烈な主張を繰り返していた。みんな笑っている。転げまわっているものもいる。収拾は不可能と思われた。
 ――じゃあどうするんだ――?
今、だれかが最も言ってはいけないことをいった。すかさず琉璃夏を見る。あ。予想通り口元に邪悪な笑み――え? オレと目が合う? 何故!? 嫌な予感しかいない。
「貴様等はメイド喫茶がやりたいのだろう。だが単純にそれを真似するのも詰まらんと私は言っているのだ。高専健児たるもの、少しは頭を使え。そうだ。一分の努力と、九割九分の根性を見せてみろ。そして他のクラスを引き離し、栄光と共に遥かなる高みを目指すのだ! そう、斜め上に!! 聞け! ――私に良い考えがある!!」
 琉璃夏は大仰にそう言い放ち、拳を天上に突き上げた。クラス中から歓声が沸きあがる。――だめだ。こうなったらもう琉璃夏の独壇場だ。
 ふと、隣の席の八千代を見る。一連の騒ぎの中、八千代だけがポカンとして取り残されたように静かだった。八千代がオレの視線息づいたのだろう。声をかけてきた。
「なぁ、カナタ。そもそも、喫茶店とは何なのだ?」
 どうやら本気の質問のようです、八千代さん。――お嬢様っぽいと思っていはいたけれど、そこから説明がいるんだね、君は。
 琉璃夏に視線を戻せば、琉璃夏は熱っぽく皆に語りかけていた。琉璃夏が何か言う度に、周囲から熱狂的な歓声が上がる。ああ、こうなってはもう引き返せまい。琉璃夏の策に皆がまんまと乗せられてゆく。勝負あったな、これは。

 ともかく戦いは終わった。当然、琉璃夏の圧勝。作戦勝ちだ。風紀委員が聞いて呆れる、その内容はメイドに執事――ただし中身はお楽しみ――。ああ、泣けてくる。オレの配役は『メイド』だった。悪い予感がした時点で運命は確定していたのさ。

 ◇ ◇ ◇

皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾九日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 売店前広場

「メイド喫茶だなんて。どうしてオレが。琉璃夏のやつ、毎度毎度酷いよ」
 オレは思わず八千代に愚痴っていた。
「なにが酷いのだ? 自分は楽しみだぞ。そなたのメイド服姿。見せてもらったが、可愛らしい服ではないか。カナタがそれを身にまとうのであれば、さながらそれは地上に舞い降りた、神の恩寵も篤き天使そのものであろう? そなたなら大丈夫だ。あのクラスの男子たちの中で、いや、恐らく日の本、大東亜を探してもそなたほど似合うものはおるまい」
 オレは八千代の台詞を聞き進むたびにドン底に落とされてゆく。
「だから心配するな。そなたは『間違いなく似合う』。自分が保証するぞ! 楽しみにしているからな! ――どうしたのだカナタ? どこか具合でも悪いのか? 先ほどから元気が無いようだが――」
 八千代は満面の笑みでオレの背中をバンバン叩く。八千代、それは逆効果だ。オレはもう生きる気力も失せてきたよ。
「――貴様! 貴様それでも高専健児か! 人様の列に割り込んでおいて詫びも入れず、あまつさえ私が買おうとした『三平ちゃん』を掠め取るとは……許し難い」
 う、うわ。琉璃夏、こんなトコまで来て因縁つけてるのか……相手の人は可哀想に……。
「カナタ。なんだか中が騒がしいな?」
「ちょ、八千代!」
 って、八千代が売店の中に! 嫌な予感がする。オレは八千代を追いかけた。
 売店に入ろうとすると、男子学生が一人飛び出してきた。危うくぶつかりそうになる。
「ち、雑魚が。逃げ足の速い奴。逃げ切れたと思うなよ? 仮にも風紀委員を務めるこの私が全校全学生の顔と氏名を覚えていないとでも思ったのか? バカな奴だ」
 空恐ろしい瑠璃夏の呟きが聞こえた。
「琉璃夏、そなたの声が聞こえたが」
「なんでもない。――ああ、二人とも、済まない。先ほどの屑のせいで買いそびれた。あいにくとソースヤキソバはバヤングの特大しか残っていなかった。構わないか?」
「そのバヤングとは、琉璃夏、そなたの言う『ソースヤキソバ』なのか?」
「ああそうだ。至高の一品『三平ちゃん』や伝統の『アダムスキー』に比べると好みは分かれるが、まあ、入門用にはちょうど良かろう」
 琉璃夏が八千代のインスタント麺への過大な幻想に対して独断極まりない評価をさぞ事実であるかのように説明していた。
「そうか。やはりそなたは頼りになる。自分は本当に幸せだ、琉璃夏」
「まあまて。今買うから。後でカナタと三人で食べよう」
「ああ。それは楽しみだ。三人で囲むソースヤキソバとやら。それは美味なのであろうな。琉璃夏がそう言うのだ。安心できる。ああ、ソースヤキソバか……音に聞きしその味、まさか自分が味わうことの出来る日が訪れようとは! 未だに信じられない。本当に自分も食べても良いのだな?」
「ああ」
「聞けば香しい芳香、絶妙なる味わい。そしてまろやかな口当たりを持つという。ああ、楽しみだ、本当に楽しみだ!」
「味は間違いない。私が保証しよう」
 八千代……なんだか可哀想になってきた。インスタントのソースヤキソバこときでこの喜びよう。あんなに騒がなくったって。
 琉璃夏と八千代が笑いあっている。なんだか危ない雰囲気に見えないこともない――って、周りの視線はこの二人と言うより、寧ろ……ええ!? オレも含めて三人!? 男子に見られて無いのオレ!? 男子の制服着てるのに……泣くぞ!

皇紀弐千六百八拾年 拾月 拾九日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 文芸部部室

 激昂した琉璃夏がオレの胸倉を掴み、ほんの鼻先で怒声を上げ続けて早十分が経過しようとしていた。
「貴様、カナタ! ――アレは嘘だったのか、貴様は昨日シナリオが完成したと言っていたであろうが! それがどういうことだ、さらに三日日も待ってくれだと!? 貴様それでも男か! 嘘を言うとはいい度胸だ。高専健児の風上にも置けぬ奴、男に二言は無いんだぞ!!」
 ループだ。先ほどから話題がループしている。
「だから、より良いものにするために後三日だけ。頼むよ。――父さんにアドバイス貰ったんだ。作品をより良いものにするためなんだ」
「黙れ! 寝言は聞き飽きた! 貴様の根性のなさ、甲斐性のなさ、息を吐くように嘘を吐くその態度! 断じて許しがたい暴挙と言えよう! この落とし前は――」
「モナカアイス。大正製菓のモナカアイスでどう?」
「……モナカ……アイス?」
「うん、大正製菓のチョコモナカ」
「チョ、チョコだと……?」
 琉璃夏がオレから視線を外した。次の瞬間大きく舌打ちしたかと思うとオレから手を離す。思わず床にへたり込むオレだった。はぁ、助かったかも。
「良いかクソ虫。貴様のその殊勝な心がけに免じて見逃してやろう。ただし――次はないと思え!? 良いな!?」
「全くオレがなにをしたって――」
「『オレ』!?」
 琉璃夏がオレ……い、いや、ボクをまた睨むんだ。
「いや、ボクは……なんでもない、なんでもないんだ」

 ◇ ◇ ◇

 ボクが必死でキーボードを叩いているとき、あいつらはボクが売店に買いに行って来た大正製菓のチョコモナカアイスを食べていた。
「秋のこの時期に食べるアイスもなかなか良いものだな、琉璃夏」
「そうだろう。このチョコレートのパリパリ感がなんともいえないとは思わないか?」
「ああ。これは美味い。美味しいな、琉璃夏。癖になりそうだ。――そなたに感謝を」
「あはは、この程度どうという事もない」
「こんな美味いものがこの世にあったとは。初めて食べたぞ」
「そうだったのか、八千代」
「うん」
「あはは」
「あはははは」

 はぁ。君たちが美味しそうに食べてくれて、ボクは本当に嬉しいよ。――ホントだよ?

 ◇ ◇ ◇

「うーん、どっちが良いかな……」
 ボクは頭を抱えていた。
「どうしたのだ?」
 八千代がボクの顔を覗き込みつつ聞いてきた。
「男と女、どちらを先に告白させようかと思って」
 どちらが良いか。この場合は主人公が勇気を見せなきゃ、かな。でも主人公はヒロインに勇気ある姿を見せ付けたよね? だったら、ヒロインのほうから先にお礼と言うか告白があるんじゃないかな……。
「神代の時代、イザナミはイザナギより先に告白して不幸を賜った。ここは故事に倣い、男から告白すべきだと思う。女はいつだって男性にリードされたいものだ。ああ、自分もいつかそれを受け入れるときが来るのだろうか――来て欲しい、今すぐにでも。こんなにも想っているというのに、未だ気持ちが伝わらないのは何故であろうか――全ては自分自身の不徳ゆえであろうな――カナタ、自分は男性に先に告白して欲しい――そう願っている」
「そ、そうかな」
 ダメだろ、八千代。ここは論理的に計算して順番決めないと。それにしても、さっきの八千代のボクを見詰める視線は何だったのだろう。随分と熱がこもっていたような……。
「フン、男尊女卑も甚だしい! 今の時代、どう見ても男性より女性が優遇されている。世の女が増長していないはずがない。弱く優柔不断な男など置いておいて女が先に告白して良いではないか。いや、むしろそうあるべきだ」
 琉璃夏、お前まさかクソフェミ……おっと、これ以上言うと誰か怖い人が部室にやってきそうだ。止めておかないと。
「あはは。二人とも意見ありがとう」
「いや、自分の意見がカナタの役に立てたと言うのなら、それは嬉しい。カナタが実践するかしないかは二の次でよい。自分はカナタの役に立てた。そのことが嬉しいのだ。そしてカナタはいつも正直に気持ちを伝えてくれる。これがまた嬉しい。自分はそんなそなたが好きだ」
 ――え?!
「!?」
 ボクは八千代を見た。いま、どストレートな告白を聞いたような気がする。胸がバクバク鳴っていた。でも、その台詞って、八千代が好みだという主張と正反対の行為だったような?
「や、八千代、貴様カナタのこと――」
「ん? カナタがどうしたのだ?」
 八千代は自分が言ったことに気づいていなかった。無意識に「好き」と言う言葉が出るほど、八千代の中では自然なことになっているのかもしれない。嬉しいけれど、どうして八千代はボクのことが好きだなんて言うのかな? この前からの疑問だよ。
「なに、たいした事はない。気にしなくて良い。大丈夫だ」
「そうか。良かった」
 八千代は笑みをこぼす。そうだな、他にも意見を聞いておきたい。せっかくだから聞いておくか。
「ねぇ、二人とも。他にもいくつか意見を聞かせてもらいたい事があるんだけれど、聞いてもいいかな?」
 オレがそういうと二人は顔を見合わせて計ったように同時に頷いてくれた。
「もちろんだ。カナタ。自分もそなたの役に立ちたい」
 八千代が優しい目をボクに向けてくる。なんだか安心できる暖かい視線だった。
「八千代、ありがとう……」
 自然と声に出していた。って!? 急に寒気がした。琉璃夏が八千代をあからさまに睨んだような。なんだか背筋が――。まあいい、続けよう、そうしよう。
「告白の場所はどこが良いと思う?」
 ボクの問いに琉璃夏が先に答えた。
「そうだな、風薫る美しい岬の先端なんてどうだ? 視界一杯に大海原が見えて、水平線辺りに船が見える――どうだろうか」
「いいね、それ」
「だろう?」
 琉璃夏は満足そうだ。
「自分はトバリがユリを介抱した海岸が良いと思う。それも静かな夜間などどうだろうか。満天の星が、それこそ綺羅星のように輝いているんだ。どうだ? 相応しくないか? ああ……そこで二人は……静かに潮騒の音だけが聞こえる中で、お互いの想い人に満願の思いの丈をぶつけて――永遠の誓いを――ああ、素晴らしい。麗しき恋の結晶が実りの時を迎えるのだ。それはそれは美しい時間なのであろうな――羨ましい。自分もいつか、そのような時に廻り合いたい――いや、必ず来る、カナタとは千代の絆で結ばれているのだから――」
 八千代? おーい、八千代? 帰って来ーい。
「なんだ。八千代はこういうキャラだったのだな」
 琉璃夏が半眼で夢の中に突入した八千代を見ていた。
 おい、琉璃夏。ムードも何もぶち壊しだぞ。でも、今頃八千代の態度に納得いったのか?

 ◇ ◇ ◇

「でさ、告白の言葉なんだけど……」
 ここが肝ではあるよな――。
 琉璃夏が言った。
「ああ、そのことだが使用されていない台詞の音声が多数アーカイプに入っていた。そして、音声合成エンジンとこの声優の音源ライブラリもある。だから、未使用の台詞の音声をベースにして欲しい。細かい抑揚は私か八千代の声をキャプチャーして合成しようか。十年は前の作品だ。声優さんに頼むわけにも行くまい? それに、そんな時間もない」
「わかった。後で教えてくれる?」
「ああ」
 そうか、そういうことなら後で別個に創らないとね。

 ◇ ◇ ◇

「ええとね、二人がお互いに告白しあった後の愛情表現なんだけど……どこまで表現しようかと思って」
 八千代が実に素直な意見を述べてくれた。
「手を繋ぐ――とか」
 は?
「八千代、幼稚園児じゃないんだ――」
 琉璃夏がすかさず突っ込んだ。薄ら笑いを浮かべている。
「そ、そうだな。ええと、ええと、腕を組む……のか?」
 ダメダメだ。
「八千代、おママゴトしているんじゃないんだ――」
 琉璃夏が呆れている。
「では、も、もしかして接吻を……」
 ダメだろう。ユーザーは納得するまい。
「話にならんな」
 ついに琉璃夏が切り捨てた。
「え? ――え!? じゃ、じゃあ、抱擁を――交わしたりもする、のか?」
 八千代はかなり動揺している。顔なんて既に真っ赤だ。まぁ、全年齢版ならばその辺りが手の打ち所だろう。って、琉璃夏?
「はぁ。八千代。それではダメだ。ダメダメすぎる。――愛し合う恋人たちがお互いの気持ちを今まさに伝え合ったのだぞ? ムードも満点な夜の静かな海岸だ。きっと優しい潮騒の音だけが響いてるんだ。こんな場所では熱い口付けと硬い抱擁なんて当たり前だ。若い愛し合う二人の事だ。あとはやることなんて決まっているじゃないか。当然男は砂浜に女を押倒すのだ。このときの男は女の顔しか視界に入っていない。一方の女には男の顔と満天の美しい星空が視界一杯に広がっているんだぞ? この先の展開なんてバカでもわかる。二人は再び愛の言葉を囁きあうんだ。そして二人は優しく口付けを交わした後、やがて感極まってお互いの愛を確認すべく激しく相手を求め合い、それはもう――」
 ボン! 何か今、音がしなかったか? ――あ。
 八千代が目を回して膝を突いていた。
「はわわ、はわわわわわ、母上、母上、どこにおいでですか? 八千代は、八千代は――」
「なんだ、八千代。今時純情なのだな。意外と可愛いやつだ」
 琉璃夏が小さくため息をついていた。

 ◇ ◇ ◇

 お湯を捨ててソースと入れる。そういえば、この前教室でどこぞの勇者がお湯を入れたままソースを入れていたような。まあ、あの時の悲鳴は凄かった。
 割り箸で豪快にかき混ぜてから、一口二口と口にしてみた。あ。バヤングも悪くない味だな。「三平ちゃん」や「アダムスキー」と比べても、そう変な味じゃない。食べてみると結構いける。うん。いけるよ。
「琉璃夏、うまい、なんだこの口の中で広がる衝撃は! このような食べ物がこの世にあろうとは! 自分はここまで無知のままよくもまぁ生をつないできたものだ。情けなさに涙が出る。しかしだ。これこそ至高の美味と呼べるであろう! 究極の食べ物に違いない! 聞けば、かの清国の皇帝であった溥儀も我が日本帝国のインスタント麺を求めたと言う。かの者の味覚に間違いはなかっと言うことだ。ああ、自分は今日、この出会いに感謝する! ありがとう、二人とも。カナタ、琉璃夏。そなたたちに出会わねば、この感激と感動はなかった!」
 八千代が絶賛している。でも、ヤキソバ一つで凄い言いようだ。
「これこそ我が帝国の国民食に相応しい! 自分はこの商品を断固支持するぞ! これは素晴らしい! 非のつけようが無い! 完璧だ……」
 なんと言うことだ。八千代が、八千代が壊れてゆく……。
「喜んでくれて嬉しいぞ、八千代」
「ああ、そなたのおかげだ。琉璃夏」
 それでも、今日も八千代の笑顔は眩しかった。