恋は遙かに綺羅星のごとく

        Euph.作


皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 体育館 即売会メイン会場

 そこは熱気に包まれている。会場には机が島状に並べられ、色とりどりの書物や電子媒体を中心に取引されていた。人、人、人。そう。会場に限りがある分、有明漫画祭りの数倍は恐ろしいことになっている。今年で三回目。年々その規模は派手に大規模になりつつある。さすが国策。学生のヤル気をあの手この手でサポートする、国の本気の程が伺えた。
 島のひとつで八千代が何か買っていた。あ、これ知ってる。『暴れん坊大将軍』だ。将軍様が自ら機関銃を持って、強大な悪を数名の部下と共に打ち倒して行く現代劇だ。毎回の派手なアクションが売り物で、カーチェイスの最後では必ず車が崖から転がり落ちては火を噴くし、逃げる悪党に対してヘリからの銃撃シーンがあったりする。部下の殉職シーンなんて涙なくては語れない。そう言ったお涙ちょうだい的な筋立ての回も多い。そんな国民的娯楽映像作品だ。あの作品、音楽もかなり秀逸で、滅茶苦茶カッコいいんだ。ハードボイルドって、きっとこの作品のような物を言うんだね。
「ねえ八千代、それ好きなの? 『暴れん坊大将軍』」
 オレがそういうと、八千代の顔がぱぁっと輝いた。それだけでわかる、八千代の奴、本当にこの作品が好きなんだな。でも、これって女の子向けの作品か?
「もちろんだ! 自分の理想だ! 憧れる! 常にかくありたいものだ!」
 う。なんかアブナイ発言。
「カナタはこの作品のことをどう思う? 自分は最高だと思う! これでこそ自分達、帝国が誇るエンターテイメントであると胸を張って諸外国に自慢できる。娯楽作品とはこのようなお約束の繰り返しであるべきなのだ! お約束を繰り返すことで、客に安心感を与える。これは大事だと思う。だが、いつも同じパターンではつまらない。そこで時々尺と構成を変えた特別版を挟む。これでマンネリも解消だ!」
「うん。オレも八千代の意見に賛成かな。その作品はよく出来ているよね。八千代が今言ったお約束も外してないし」
「そうとも!」
 八千代はいつも以上にニコニコだった。まあ、とっても好きなんだということだけは分ったよ。
 ん? 琉璃夏の奴どこに――あ。『コイハル』のコーナーだ……。なんだかんだ言っても、根強い人気があるよね、『コイハル』は。
 それは人だかりの真ん中。琉璃夏がいつもの様にわめいていた。
「やかましい! バカか貴様は! この作品は元々は美少女ゲームが原作だろうが! 萌え萌えでハーレムであるのはお約束で、ハートフルな物語であるのは物語の構造上当たり前だ! 『コイハル』を名乗る以上、むしろそうである必要があるのだ! 貴様、脳味噌にミドリムシでも湧いているとしか思えんな。一体貴様はこれまでどれだけ浅い人生を送ってきたのだ!? 貴様の言う評価すべき点の全てが原作の作品の根底に流れていた『私だけを愛してよ』というテーマを強調する為のギミックに過ぎんわ! 貴様本当にこの作品をプレイしたのか? もしそうだとしたら、貴様の脳味噌の中身を疑わざる負えん! 出直して来い!」
 『コイハル』の派生作品には時代劇や魔法の世界もあるよね。その中の一つだけ取り出して、『これがコイハルだ』なんて語られても困る。琉璃夏が怒って当然だよ。だって、琉璃夏は『コイハル』の原作者であるオレの父さんの盲目的支持者だもの。あの人、地雷を踏んだよね……。

 別の島で、またも八千代が何か買ってきた。あ。これも知ってる。『影13――殺しのライセンスを持つ男』だ。世界をまたに駆ける日本の秘密国際エージェントの話だよね。幕府から秘密裏に派遣された忍者が国際テロリストや麻薬組織を相手に表に裏に大活躍する話だよ。これも滅茶苦茶カッコいいよね。やっぱりハードボイルド系だ。八千代って、この手の作品が好きなのかな?
「ねえ、八千代ってはハードボイルド系のカッコいいのが好きなの?」
 八千代の顔がぱっと輝く。うわ、すっごく眩しい笑顔。目なんかキラキラ輝いてるし!
「な、何故わかった! 彼らが必死に任務をこなす魂の輝きが涙を誘うのだ。この作品を見ていると、自分は心が洗われる」
 なんかずれている様な……よくわからない。
「何かに必死になっている姿に感動するのだ。今回も、そなたと琉璃夏が必死になって作品を創る姿には随分と胸を打たれたものだぞ? 本当だとも! そなた達はカッコいい。本当にそうだとも! 自分が言うのだ、間違いないとも!」
 随分と勘違いが入ってそうだけど、何か照れるな。まあ、嬉しいから良いけど。ん? そういえば琉璃夏はどうなった? あれ? あのバカ、まだ『コイハル』コーナーにいるな。
「あ? 私はなんと言ってもツンデレ幼馴染のルートだな。あれは最高だ。幼馴染はああでなくてはいかん。と言うか、どうしてあれがメインシナリオではないのだ。納得がいかない! あんなに可愛いキャラはメインを張るべきなのだ! あの主人公のことが好きで好きでたまらないのに肝心のところで果てしなく高いプライドが邪魔をして全く素直じゃないあのギャップ、これこそが古典にして王道、貴様もそう思うだろう? ああ、そうだろうとも。 ん? なんだと貴様? あのキャラの電波で突き抜けたバカさ加減がまた良いのではないか。あの良さがわからないとは。私は悲しいぞ。あれは最高だ。これこそ最高の形だろう。空気を読まず突っ走り、我が道を走り続ける。これもまた王道ではないか。突き抜けすぎたゆえに起こる、あのキャラの衆愚に対する罵り具合、これも胸がスカッとする。そうだとも。あの表現こそあのキャラの肝だろう? はぁ? ――な、なんだと! だ、だだだだだだれが似ているだ、この髪型? 喋り方? 雰囲気……って貴様、相手は二次元だぞ!? 天使? 女神? あはは、降臨してくれただと!? なかなか面白いことを言うな、貴様は。あははは。 !?」
 琉璃夏の奴、派手に持論を垂れ流しているな。やけに楽しそうだ。って、ん?
「はぁ? な、なななな何を言う! き、貴様は狂っている! 正気か貴様! 貴様なんかお断りだ! 当たり前だ、貴様などだれが相手にするものか! 止めろ、近づくな! そ、それ以上来るんじゃない! 冗談? 私は冗談など言っていない! お、お断りだ! 当たり前だろうが! 普通に考えろ、普通に! そんな目で私を見るな、け、汚らわしい、寄るなと言っている! !? ……、だ、だだだだだ、だれが貴様の嫁だ、ふざけるな! 恐ろしいことを言うのは止めろ!! ひっ……た、助け、助けろカナタ! い、嫌、嫌! おいカナタ! どこだ、速く来てくれ!! どこにいるのだ貴様は! カナタ!! ――き、ひっ!! 嫌――!!」
 あ。なにかまずいらしい。聞き間違いでなければ琉璃夏の物凄い悲鳴が聞こえたのだけど。
 その琉璃夏はオレを見つけたらしく、人込みを掻き込み掻き分け、オレのほうに猛ダッシュで駆けて来る! 琉璃夏とオレの目が合う。琉璃夏のやつ、半泣きだった。
「カナタ! カナタ! 助けろ、頼む、助けて! 助けてってば!!」
 オレの首に両手を回して真正面から飛びつく琉璃夏。力の限り抱きついているようで、オレはその柔らかい体を、なんとか抱きかかえはしたもののかなり厳しい。琉璃夏の奴、ガタガタと震えているし。――本当に怖かったらしい。オレは琉璃夏を追って来た野獣どもを見る。
「なんだお前?」
 野獣の一人は一応日本語が話せたようだ。うー、どうしよう。
「オレの友達を泣かせるな。特に何も言わないから、追い掛け回すのを止めてやってくれないかな」
 口に出してから後悔。ダメだろ、オレ。こんな言葉じゃ全然圧力にもなってないし。
「お、オレっ娘!?」「イイ!」「すっげぇ!」
 オレの頭を絶望がよぎった。――むしろコイツら喜んでるし……泣くぞ。
「頼むよ。お願いだからコイツを怖がらせないでやってくれないか。ほら、こんなに震えてるんだ、。女の子を泣かせるなんて、君たちはどういう神経をしてるんだよ。こういうのって、最低だろ?」
 ギュ。琉璃夏がオレを一層締め付けた。
「カナタ、カナタぁ……」
 感極まったらしい。そしてオレの胸で激しく泣き始めた。
「……たまらねぇ……いま、キュンって来た」「オレも……」「うん……」
 だ、ダメだコイツら。全くの逆効果だ。そろいも揃って正気とは思えない。ああ、畜生、どうしたら良いんだ。オレがこんな姿で何か言っても、ボーイッシュな女友達がさえずっているだけと思われている。いや、むしろ餌をやっているも同然だ。――でも。それでも、オレは琉璃夏を守らなきゃだめだろ!? 琉璃夏は今、オレを信じて助けを求めに来たのだから。くそ、このまま正攻法で行くか。それしかない。
「何を言ってるんだ。話しすらまともに出来ないのか、君たちは」
 野獣たちはへらへらと笑っている。ダメだ。オレじゃ決定的に何かが足りていない。って、八千代? その手にはモップ? そんなもの一体どこから? って、今はそれどころじゃない、こっちに来るな、お前だけでも逃げてろよ!
「八千代! 来るな、逃げてろ!」
「カナタ。何を言う。――ここは自分に任せてくれないか。琉璃夏の仇は自分が取ろう。友達を愚弄されて黙っていられるものか。これでも自分は武門に連なる端くれだ。ここで背を向けては武士の名折れ、ご先祖様に申し訳が立たぬ。――下がれ下郎。か弱い婦女子を追い回すは日本男児の風上にも置けぬ奴。これ以上恥をかきたくなければ消えるが良い」
 八千代が怒っていた。
「誰だ!?」
「自分は徳田八千代だ。見知りおけ」
「なんだ、また女かよ。戦うメイドさん、って奴かい?」「これもまた良い女……」
 野獣どもが懲りた気配は微塵もない。
「自分の名前は印籠代わり。されど迷わず地獄に落ちよとも、この場で切って捨てるとも言わぬ故、今すぐ自分の視界から消えるがよい。遠慮する事はない。早く致せ」
 八千代の顔は無表情で、その目は琉璃夏が時々見せるそれよりも冷え切っていた。でも。野獣どもは動かない。脅しとも取れる言葉に効果はなかったのかもしれない。琉璃夏は珍しくオレにしがみ付いて震えているし。千代は一歩も引かずにあんなこと言ってるけど、きっとハッタリに違いないんだ。
「そなたたち。聞く耳は持たぬようだな――良かろう、是非もなし。自分も覚悟を決めよう」
 え? 八千代のその言葉とともに、空気が張り詰めてゆく。
 八千代がモップを中段に構えなおして――。
 ピーーーー! ピーピーピー!
 時ならぬホイッスルが鳴る。床を踏みしめ、こちらへ走り来る足音がする。そしてそれは直ぐにやって来た。
「そこ! 何を騒いでいる!?」
 アホ毛で有名な鎧コスの女騎士さんと長大な青いツインテールを流した三次元バーチャアイドルコスの二人組みが野次馬を掻き分けて入って来た。あ、この人たち知ってるよ、二人とも風紀委員の子だ。助かったかも。
「貴様たちは何をしている! この場は風紀委員の王たる私が預かった! 双方、武器を引けい!」
 騎士王が舞台がかった台詞を大声で言い放った。
「ねーねー、アルトリア。こいつら武器なんて持ってないんだけど」
「葱娘、お前は武人ではないから見えないのであろうが、この連中は武器を持っている。そうでなければ我が同胞であるメイドさんがあのように怯える筈がない。そうとも。間違いなくこの連中は武器を所持している」
 アルトリアさんと葱娘さんがオレにしがみ付いて震えている琉璃夏を見た。
「それもそうね。――え? 琉璃夏なの? 可哀相な琉璃夏。こんな姿、始めてみるかも。一体なにがあったのかしら」
「なにがあったのかはこの際全く重要ではない。この不埒な男どもが我ら大江戸特芸高専風紀委員会に、しかも我が敬愛する毛利女史に喧嘩を売った、そう認識できる現状の事実のみに意味がある。――わかるな? 葱娘」
「あ、相変わらずイイコト言うわね、あんた。あんただけは敵にしちゃ駄目なんだって強く思うの」
 葱娘さんが呆れていた。ぶ、ぶっ飛んでいる……さすが琉璃夏の知り合い、論理も判断基準も、そのどちらも終末的だった。アルトリアさん……恐らく風紀委員長なのだろう。きっとどのような世界に生まれ変わっても、こいつら風紀委員会の連中は生き延びるに違いない。とにもかくにもアルトリアさんはそう言うと、無慈悲にも野獣たちに聖剣の切っ先をむけた。木を削りだして作ったと思われる見事な造りのそれを。
「己の運命の行く末を知ったか? 理解できたのであれば、王たるこの我の大いなる慈悲をもって我が剣にかかる栄誉を与える。許す。貴様たちはおとなしくここで散れ」
 は? あ、アルトリアさんが木刀を大上段に構えて……。迸る殺気。あ、確かこの人は剣道部で全国大会!? どう見てもアルトリアさんの目は普通じゃなくて。まぁ、あまりにもアブナイと思ったのだろう、野獣どもは逃げ出したよ。
「あ、待て貴様ら! 王である私を前にして、逃げられると思うなよ!? ――こい、葱娘! 追うぞ!!」

 ◇ ◇ ◇

『……現在、即売会メイン会場におきまして、服飾美術科の学生の扮したコスプレイヤーによるアトラクションが行われています。ご来場の皆様におきましては節度ある観覧をお願い致します。――現在、即売会メイン会場におきまして――』

 ◇ ◇ ◇

 あいつらが去った後も、琉璃夏はオレの胸に顔を伏せて震えてた。ああ、こんなことって。八千代も心配そうに琉璃夏を見ていた。ただ、声も掛けづらいらしく、琉璃夏に近づいては離れる、の繰り返しだ。
「琉璃夏、大丈夫? 琉璃夏?」
 オレは琉璃夏の背を摩りつつ、とりあえず声をかけてみた。
「……ス……ス……ロス、……ロス……ロス!」
「おい、琉璃夏!」
「殺す! 殺してやる、絶対に殺す!! あいつらの首根っこ引き捕まえて握り潰してやる!!この屈辱、忘れるものか! 絶対に絶対に許さない!!」
 顔を上げた琉璃夏はそう吼えた。その目は怒りと復讐に燃えている。ダメだ琉璃夏、それ以上やったって自分が傷つくだけじゃないのか? 落ち着けよ!
「どうしたんだ琉璃夏、落ち着けよ!」
「琉璃夏、らしくないぞ、カナタの言うとおりだ、落ち着け!」
「殺す……」
「琉璃夏!」
「琉璃夏?」
 オレから離れた琉璃夏は、そう物騒なことを言ったものの、疲れたように軽く微笑んだ。それを見たオレと八千代は顔を見合わせてほっと笑顔を見せる。
「なんてね。ま、いいか。あー、怖かった。私って変に誤解されているのだな」
「うん、琉璃夏は元気一杯に見えるから、みんな元気を貰いに集まってくるんだと思う。魅力的なのは間違いないと思うよ」
「カナタ……」
「そうだな、自分もそう思う。カナタの意見を支持する。ただ、そなたはあまりにも無防備だ。心に隙がありすぎる。光あるところには影が出来る。あまりに強い光が生み出す影はそれなりに濃い影となろう。あまりに誤解を招くようなこと、距離感を縮めるようなことを軽々しく口にするでない。まして、今日の相手は色恋に免疫のなさそうな男子だったではないか。迂闊すぎるぞ琉璃夏。そなたは控えめに見ても相当魅力的だ。容姿も人格も、平凡な一般人からは程遠い高みにあることをもっと自覚するべきなのだ。ゆえに、今日のようなことが起きるのはある意味必然であったと言えよう」
「八千代……」
「心配して言っておるのだ。琉璃夏はなまじ強いだけに慢心しやすいのかも知れん。それも知らず知らずのうちに傷口を広げていると見た。注意するが良い」
 八千代? 琉璃夏にそう告げる八千代が違う何かに見えたような。いつものバカとは何かが違う。それとも、この真面目な顔も含めて八千代なのかも。
「そうだな。八千代。言ってくれて正直嬉しい。そこまで言ってくれるのはカナタと貴様の二人だけのようだからな。さすがは私の友達一号だ」
「褒めても何も出ぬぞ?」
「あははは」
「あはははは」

 ◇ ◇ ◇

「あ! 琉璃夏姉!」
 あ。沙織。しまったな。沙織来てたのか。はぁ、とんでもない格好してるとこを見られたな……まあ、もう逃げも隠れも出来ないか。――みれば、沙織の友達も二人ほどいるな。沙織の奴、友達を誘って高専祭に遊びに来たのだろう。
「沙織。よく来たな」
「琉璃夏姉、その服とっても似合ってる。凄く綺麗!」
「ふふ、そのように褒めても何も出ないからな」
「ううん? そうじゃなくて、はー。いいなー。私も琉璃夏姉みたいに綺麗になりたい」
「ふふ」
 沙織とその友達二人は琉璃夏を見て溜息をついていた。
「で、琉璃夏姉、お兄ちゃん知らない? お兄ちゃんのクラスのところに行って来たけどいなかったんだ」
「――だ、そうだ、カナタ」
 げ。そこで言うか! 琉璃夏がオレを見る。
「え? お兄ちゃん近くにいるの?」
 沙織が琉璃夏の視線の先を見る――。あ。目が合った。ニコニコ……。
「う、嘘……でしょ? あーーーー! お兄ちゃん! 何て格好してるのよ! うわ、怖いぐらい似合ってる。しかも凄い美人。全然わからなかったし!」
 お前は褒めているのか貶しているのか。……そうですね、貶しているに決まってますとも。「ねえ、これなに? 胸は詰め物? あ、入れてない。喉は薄いか……。声もあんまり低くないしね。どこから見ても正真正銘、こ、怖いぐらい女の子だ。これだけ、いえ、普通の女の人が足元にも及ばないほど綺麗だと、胸が俎板だったとしてもお兄ちゃんの事をだれも男だ何て思わないよ。うん、思うはずないって。むしろツルペタの希少価値を求められるって。うんうん、絶対そうだよ」
 沙織はオレの体を触りながらああでもないこうでもないと勝手なことを言ってくれた。オレは苦笑いする。
「うわ、その笑顔ほんとヤバイよー。お兄ちゃん。それ犯罪だよ」
「やかましい」
「沙織。貴様の兄がこうまで美しく変身出来たのだ。貴様も来年この衣装を着ることになる、兄に勝るとも劣らない美少女メイドが完成すると思うのだが」
「え? 既に決定!? まだ試験も受けてないのに!」
「必ず合格しろ。死んでも合格しろ。どのような手を使ってでも入学して来い。いいな!?」「う、うん。琉璃夏姉!」
 なんだか、琉璃夏が沙織に無理やり言わせたような気がしたのはオレだけか?
「可愛らしい妹さんだな、カナタ」
「憎たらしいだけだよ」
「そんな事はない。随分と兄思いの妹さんと見たぞ?」
「八千代、あまり褒めないでやってくれよ。付け上がるから」
 沙織が聞き咎めたのだろう。思いっきり足を踏まれた。
「痛っ」
「変なこと言うからよ! って、ああ、お兄ちゃん、その顔反則だって。ヤバイ位可愛いんだから……」
「お前こそ変なこと言うな!」
 何故か沙織が顔を真っ赤にして視線を外してくれた。
「あははは」
「あははは」

◇ ◇ ◇

皇紀弐千六百八拾年 拾壱月 弐日 月曜日
国立大江戸特別芸能高等専門学校 一般棟第一学年教室 喫茶MAX TAX

「ありがとう、琉璃夏姉」
「気にする事はないぞ。慕ってくる後輩に奢るのは心優しい先輩の義務だ」
 琉璃夏は沙織に笑う。オレたちは沙織たちを連れて自分たちのクラスに来ていた。
 礼服に身を包んだ執事――茶道部主将がホットケーキセットを持って来る。
「客の入りはどう?」
「琉璃夏たちが外に出歩いて派手に宣伝してくれたから、凄い人気だったわ。もう、あたし疲れた」
「あはは、すまないな」
「でも、もう直ぐ一日目も終わりね。やっと開放されるわ。――琉璃夏たちは明日はあれでしょ? 部活、文芸部のほうが忙しいのよね?」
「ああ、こちらは手伝うことができないと思う。申し分けない」
 八千代が答えた。
「ううん。そんなことないって。だって、土岐君なんか文句一つ言わずにその格好で今日一日宣伝してくれたんでしょ? あたしには到底無理よ。無理。きっと恥ずかしさ動けなくなると思うわ?」
 オレは苦笑いするしかない。琉璃夏と八千代は思いっきり笑ってくれたが。
「だから、気にすることないって。お互い様よ。じゃ、わたしそろそろ行くわね? ごゆっくりどうぞ。ご・主・人・様!」