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マブラヴ belive オルタネイティヴ(Muv_Luv Belive Alternative:Muv-Luv二次創作SS)

マブラヴオルタタイトル Muv-Luv

前書き

  • オリジナルキャラが登場し、主人公、ヒロイン共にオリジナルキャラクターです。
  • 数箇所、残酷とも取れる表現がありますが、演出の都合です。
  • 特定の個人、団体を誹謗中傷する意図はありません。
  • 超ネタバレです。
  • 原作をプレイして読むと、より楽しめるはずです。
  • 本SS中の登場人物は文中において、いかなる表現をなされていようと、全て成人年齢に達しています。
  • 「マブラヴ」及び「マブラヴオルタネイティヴ」はage様の作品です。本作品はファン小説であり、一切の関係がありません。
  • 「ハーメルン」様に挙げているバージョンよりも、新しいバージョンとなります(誤記、エピソード不足の補填など)
  • ©Muv-Luv: The Answer

 

――それは、語られなかった他なる結末。

とてもおおきな、とてもちいさな、とてもたいせつな、

あいとゆうきのおとぎばなし――

マブラヴ BELIVE オルタネイティヴ(Muv_Luv Belive Alternative)

2002年 1月14日 月曜日

……。

…………。

ん? ああ、夢か。

久しぶりに良く寝たような気がする。

それに、誰も起しに来ないからすっかり寝過ごしてしまったみたいだ。

エレーナや咲夜はどうした?

いつもなら、「イサミちゃーん!」「イサミ!」などと喧しく階段を駆け上がってくるころだと思ったのだが。

まあ、いいや。

今は何時だろう?

オレは壁の時計を目で追った。

時計は8時10分を回っている。さすがに長々とゆっくりとし過ぎたか。

さっさと着替えて学校に行くことにしよう。

◇◇◇

オレは制服に着替えて階下に降りる。

――? あれ? 誰もいない。

母さん、出かけたのかな?

なにか、スッキリしない。

そう、なんだか変だ。

なにか食うもの……確かパンの買い置きが……あれ?

誰か食べたらしい。無いな。

まあ、いいか。

オレは、いまだ寝起きを引きずる頭をひねる。

とりあえず学校に行こう。

遅刻?

あー、遅刻なんて仕出かしたなら、また委員長がうるさいし?

ここはさっさと登校するに限る。

「じゃあ、いってきま――?!」

だれも居ないとわかっていても、ついつい家の中に声をかけてしまうオレ。

……。

え?!

外の風景を見て固まった。

急いでオレはドアを閉め、中に戻る。

?!

しん、深呼吸だ。

何だ? 今のは。

オレはまだ、夢を見てるのか?

恐る恐る、もう一度ドアを開ける。

?!

もう、見間違いではない。

一面の荒野。

それは積み重なる瓦礫が、無造作に散らばる荒野だった。

隣近所どころか、見渡す限り、まともなモノはなにも無い。

――ど、どういうことだ――。

何があったら街がこんな、粉々に?!

考えろ、考えるんだ、オレ。

……。

……。

い、いや。

考えるまでもない。

夢。

これは夢に違いない。

夢に違いないんだ。

オレは力の限り、頬を張った。

軽快な音がする。

痛い……。

夢?

この痛みすら夢なのか?

だけど、周りを見渡せば。

変わらぬ荒野が続いていた。

「なんだってんだ?」

オレのつぶやきに答えてくれるものはいなかった。

◇◇◇

荒野を見渡せば、ちょうど学校があるはずの方角に小高い丘が見える。

丘の上には建物が見えた。

オレはすこしホッとした。

ああ、学校はあるんだ。

きっと。

あの場所へ行けって事に違いない。

さすがはオレの夢。

単純明快でわかりやすいよな。

◇◇◇

桜並木の坂まで来たが、ここまで来る途中、本当になに一つ、まともなモノはなかった。

まず、そこに存在するはずの建物がない。

そして、この時間、当然すれ違うであろう人々の姿がない。

まあ、夢だから仕方がないとは言え、さすがに想像力なさ過ぎだろう? オレ。

オレは苦笑しながら坂を登る。

お。

誰か発見。

赤いショートヘアの女の子だ。

って、あれは確か……夕呼先生のところの涼宮? 涼宮茜といったか?

しっかし、なんなんだアイツ。

派手に包帯なんか巻いて。

事故にでもあったのか?

それに、あの黒い制服はなんだろう?

あ、コイツ、夕呼先生の趣味につき合わされてるのか?

D組じゃなくて、オレ、ホントに良かったよ。

涼宮の声が聞こえてくる。

「……ごめん、私って弱いよね。つい、姉さんに会いに来てしまうんだ……みんな……水月先輩……」

なに言ってんだ? 周りには誰もいないじゃないか。

まあいいか。

あいつならなにか知ってるかも。

「ちょっと聞きたいんだが……」

なにげなくオレが声をかけると、涼宮は驚いた様子で、跳ねるようにオレに向き直る。

しかも、オレの顔を見て目を見開きやがった。

――そんなに驚かなくてもいいだろ?

「っひ!! き、きき、キミは……く、黒須……そんな……そんなバカなこと……」

涼宮って、オレの名前知っていたんだ。

ちょっと嬉しいかな。

驚きだ。

いや、これはオレの夢の中なんだから、オレの秘めたる願望の形なのだろう。

妙なことに感心していても仕方がない。

「なあ、涼宮……だったか?」

声をかけてみる。

涼宮の反応は、オレの予想をはるかに上回っていた。

これぞ斜め上、というやつかもしれない。

そう。

涼宮は、オレのことを、まるで恐ろしいものでも見る目つきで、二歩三歩と後ずさってくれたのだ。

「や、止めて……! どうして君が、……どうして君がここにいるの!」

しかもこんな台詞のおまけつきだ。

「どうしてって言われても、オレにもよくわからない」

「……冗談、でしょ……化けて出るにしても、どうしてよりによって君なのよ……」

――化けて出る、って、それはちょっとあんまりなんじゃないか?

「は? オレ、生きてるし?」

「嘘、嘘よ……私、色々ありすぎて、おかしくなってるのよ……きっとそうよ……ああ、姉さん! 水月先輩! ……お願い、黒須を、……コイツを。連れて行って! お願いだから……」

赤いショートヘアが何度も揺れる。

涼宮はいまや半狂乱だ。

その目は何も真実を映しちゃいない――。

「ハ、ハハハ――そうよ、そんなことあるはずないわ。死人が、死人が生き返るなんて。――君はだれ! どうして黒須の姿をしているの!?」

酷い言われようだ。

さすがのオレでも傷つくぞ。

「誰って、オレは3-Bの黒須勇海だよ。ほら、白銀とか御剣とか……ああ、たしかお前、うちの榊――委員長と仲良かったよな?」

「――ち、近づかないで! 私に――私に近寄るなぁぁあああああ!!」」

耳が痛くなるほどの涼宮の絶叫。

涼宮は黒光りする何か取り出したかと思うと、その切っ先をオレに突きつけた。

息を切らせた涼宮の、その震える手が持っているモノ――。

どこからどう見ても拳銃だった。

モデルガン?

涼宮って、そんな変な趣味があったのか。

意外だな。

いや。

これはオレの夢だから、オレの趣味がそうなのか?

よくわからない。

「――撃つ、撃つからね、本当に、撃つから! って、動かないで! こ、これ以上近づいたら本当に撃ちます!」

相変わらず、涼宮の言葉は辛辣だった。

しかし、ここまでの演技となると、もう同情するしかない。

オレは一歩踏み出しながら――。

「は? お前、なに言ってるんだ? あ、そうか。また夕呼先生にでも妙なことさせられてるんだろ。全くお前らも大変だよな――」

パン……。

バシッ!

オレの足元が爆ぜた。

おれは、恐る恐る足元に眼をやった。

な、なんだよコレ。

アスファルトが……アスファルトが捲れている。

……。

なんの。

なんの冗談だ?

涼宮。

訂正だ。

お前がモデルガンを改造するほどのマニアだったとは思わなかったよ。

「動くなと言っているのに!!」

涼宮の持つ拳銃の銃口からは、かすかに煙が……。

え?

煙?

……。

「す、涼宮……それ、ホンモノ……」

「なにをわけのわからないことを言って!」

パタパタと、足音が聞こえる。

数名がこちらに向かってくる足音。

涼宮の顔から緊張が抜けてくのがわかる。

やがてやってくる、数名の――兵士達。

兵士――そう呼ぶほかない服装をした人々。

そしてオレの鼻先に銃口が並んだ。

こ、コレ……マシンガン、だよな?

オレ、蜂の巣?

これもモデルガン――なわけ、ない――認めたくはないが、おそらくこれは本物。

そして、今の一連の出来事は夢ではない――。

なんだ?

なんなんだ!?

――なにが起こっているんだ!?

こいつら。

どうしてこんな連中が。

いや、こいつらのこの服装っていったい?

「この者は?」

兵士たちが固い口調で涼宮に問う。

「――わからないの。先ほどから訳のわからないことを繰り返しています。お願いです、連れて行って下さい――上には私から――報告します」

「は!」

涼宮は最後までオレから、その恐怖で引き攣った視線を外そうとはしなかった。

手も足も出ないオレ。

オレはなにがなんだかわからないまま、兵士達に連れて行かれる。

涼宮の聞き捨てならない言葉を聴きながら、坂の上にある、あるべきはずの学校とは違う、知らない建物に――。

「幽霊じゃ、なかった――」

◇◇◇

殺風景な個室。

いや。

どう見ても、ここは独房だ。

コンクリートの冷たさを感じながら、オレは考える。

オレは、どうしてこんなところにいるんだろう?

夢なら早く覚めてくれ。

というか、お願いします。

夢のなかで一眠り、と言う表現が正しいかどうかはわからないが、一眠りしてみた。

◇◇◇

まぁ、予想どうりというかなんと言いますか。

無駄だった。

当然のごとく、エレーナも咲夜も起しになんか来やしない。

まして、ここは家でもなかった。

教室の机の上でもない。

校舎の屋上でもない。

あいも変わらず、見たこともない冷たい独房の中なのだ。

夢なら早く覚めてくれ――。

とはいうものの。

思うのだが、いい加減オレもわかってきた。

信じたくはないが、冷静なオレがそう言っている。

これは夢じゃない。

夢であるはずがない。

だって、昨日? の取調べで散々に殴られた体が痛むから。

◇◇◇

カツン、カツン、トコトコトコ……。

誰か、来る。

一人……いや、二人か?

誰かが、こちらに近づいてくる。

そしてオレのいる独房の手前で、足音が止まった。

オレは顔を上げてみる。

――そこには、見知った顔があった。

白衣の二十台半ばと思われる女性。

性格きつそうな美人。

夕呼先生。

夕呼先生だ!

間違いない!!

「夕呼先生――!」

オレが呼びかけると、白衣の夕呼先生は一瞬眉を顰めたような気がした。

なんだ。

そういうことか。

やっぱりこの人の仕業だったんだ。

「あなた、名前は?」

「夕呼先生、なんの冗談です? いくらなんでも今回は、先生頑張りすぎですよ! オレ、てっきり騙されちゃいました――」

夕呼先生の表情が厳しくなる。

「あなたの名前を言いなさい」

有無を言わせぬ声だった。

よくわからないが、ここはおとなしく従ったほうが良い――そう、オレの直感が告げている――今の夕呼先生はヤバイ。

「黒須、勇海……です」

「所属は?」

へんな言い方だな。

でも、口答えはまずい……よな。

「白稜大付属柊学園3年B組……」

夕呼先生はオレの答えを噛み締めるように反復した。

「そう。じゃあ、あなたが知っている限りの、その3年B組だっけ? そのメンバーを教えてちょうだい」

「やだな、夕呼先生。おれ、記憶はしっかりしてますよ」

「いいから、言いなさい!」

怒らせたのかな? さっきから機嫌が悪そうだ。

「う、は、はい。担任の先生の名前は神宮司まりも。

生徒は……エレーナ・ストレリツォーヴァ……月環咲夜……彩峰慧……鑑純夏……

榊千鶴……珠瀬壬姫……鎧衣美琴……御剣悠陽と冥夜……柏木晴子……白銀武……社霞……」

オレは乾いた喉で、思い出す傍から片っ端にクラスメイトの名前を吐き出し続けた。

男子の名前がなかなか出てこないところは、ご愛嬌といえるだろう。

「それだけ?」

「どうしても名前のでてこない可哀相なやつらが二、三名いますけど、今はちょっと思い出せそうにありません」

夕呼先生はもう一人の連れを見――あの、ウサギ耳は――や、社? 社じゃないか。

ちびのロシア人。

エレーナと同じ銀髪の白系ロシア人だ。

社は涼宮と同じように、黒い色をした制服を着ていた。

「社?」

「……(コクリ)」

オレの呼びかけに、社は飛び上がって夕呼先生の後ろに隠れてしまった。

でも、うなずきを返してくれたところから見ると、オレの問いかけには反応してくれていたと思いたい。

「そう、社にも面識があるわけね。あなたは」

「社、どう思う?」

夕呼先生のその問いに、社は悲しげな、それも今にも泣き出しそうな表情で頷いていた。

「……そう。やっぱり、それしか考えられないわね」

夕呼先生が難しい顔で考えている。

――だが、それも一瞬だった。

ニヤリと笑みを浮かべ――。

「黒須。ここから出してあげるわ。ただし――」

「なんですか? 先生」

「私の命令には絶対服従を誓いなさい。イエスかノーかで答えて」

「またまた、そんな都合の良い事言って。イエス以外の答えは用意されていないじゃないですか」

「いいから答えなさい」

今度はどういった遊びだよ、先生。

でも、ま、いいか。

「―――イエス」

「よろしい。じゃ、行きましょうか。付いて来なさい。――あ、私が「良い」って言うまで、あなたは何があっても口を開かないこと。良いわね?」

またしても変な事を言う。

でも、今日の夕呼先生、どこか変だよな。

そう。

オレが、夕呼先生に見たもの。

それは今まで見たこともないような、夕呼先生のオレに対する厳しい視線だった。

◇◇◇

すれ違う人は皆、軍服めいた奇妙な服を着ていた。

そして更に奇妙なことに、すれ違う人の全てが敬礼をしてくるのだ。

そして、その中の何割かは、オレの顔を見ると目を丸くしていた。

こんな人数が全て夕呼先生の悪戯にかかわっているとは到底思えない。

なにか、なにかが明らかにおかしい。

夢ならとっくに覚めているはずだし、こんな緊張感もありえない。

夕呼先生も社も、さっきから黙ったままで一言も言葉を発しない。

オレは何度も口を開きそうになったが、先ほどの約束もあって口をつぐんでいた。

いったい、なにがどうなっているんだ?

◇◇◇

そして、いくつものゲートを越えた先の、とある一室へと通される――。

そこはやけに猥雑とした部屋だった。

広いはずの部屋が、乱雑、しかも無造作に放り出されたとしか思えない大小の品で埋まっている。

奥には青い旗がデカデカと飾ってあり、オレは嫌でもその旗を目にすることになった。

United Nation?

なんだ?

オレが黙ってその旗に見入っていると、夕呼先生の声が沈黙を破る。

「ま、こうしていても仕方がないわ。さっさと状況をはじめましょう」

は?

オレが呆けていると、夕呼先生はそんなオレに構いもせず。

とんでもないことを口走ってくれたのだ。

「黒須勇海。国連太平洋方面第11軍、横浜基地へようこそ」

……え?

「私はこの基地の副指令の香月夕呼よ。これからあなたとは、きっと短くない付き合いになる。よろしくね」

……。

オレは、あまりのことに声を失っていた。

先生はそれを了解と取ったのか、言葉を続けるのだが――。

「――社! そのソファー使っていいから、黒須に自分の置かれている状況を説明してあげた上で、おそらく星の数ほど出てくるであろう質問に答えてあげて」

ただ一言、社にそれだけ言うとオレを置いて扉へ向かう夕呼先生。

「そうね、情報開示レベルは前もって教えておいたレベルでいいわ。私はちょっと野暮用を済ませてくるから。あと、お願いね。すぐ戻るから」

言うだけ言うと、オレに見向きもせず社を残してどこかに消えてしまった。

しかし――。

国連軍? 横浜基地? 副指令? なんのことだ?

――まったく訳がわからない。

確かに『星の数ほど出てくる疑問』に違いなかった。

◇◇◇

夕呼先生が、呼び止めるオレの声を無視して部屋の外に出て行く。

取り残されたのは、オレと、黒い制服を着た社だけ。

社の制服と、さっきの涼宮の制服は同じだよな――。

そんなことを考える。

ふと、肩の校章に目が行った。

違う。

よく見れば、それは断じて校章ではないと言える。

『ALTERNATIVE IV』。

そう記されている見慣れない紋章。

何のことだろう。

「……説明を始めます。いいですか?」

突然の社の言葉。

「あ、ああ」

びっくりさせるなよ、社。

だけど、次からの社の言葉は、その程度の驚きでは到底言い表せないものだった。

「黒須さん、ここはあなたの夢の中の世界ではありません。現実の世界です」

なんだって? いきなり何を。

「喜びも、怒りも、悲しみも、楽しみも、全て現実です。あなたのこの世界での死は、あなたという存在の消滅を意味します」

なにを、言っている?

「そして、あなたが覚えている元の世界に戻る方法は、現在のところありません」

……ドクン!

鼓動を感じる!?

――こんな夢が、あるのか?

いや、しかし……。

「黒須さん、あなたの驚きはわかります。あなたが認めたくないことも。ですが、前例のあることですので、私は確信を持ってあなたに伝えることができます。もう一度言います。ここは、あなたにとって、現実の世界です」

「……」

「そうです。あなたは、この世界で暮らさないといけないんです。この世界の人間として」

「……」

「疑いはもっともです。ですが、私を信じてください」

「……社。でも、でも、……お前は社なんだよな?」

社はコクリ、と頷いた。

「私の名前は社霞です。ですが、あなたが知っていて、あなたが思っている社霞とは違います」

「……」

「そうです。私は、あなたが来た元の世界の社霞ではなく、この世界の社霞なんです」

「……」

「先生……夕呼先生も?」

「……その通りです」

「……」

「……私、この世界の社霞は、あなたが元の世界でなにをしていたのか、時々、視ていました」

「――なんだって?」

「だから、あなたの力になれると思います。あなたの全てを知っているわけではありません。ですが、まったく知らないわけでもありません」

「……」

「あなたが別世界から来た、と言うこと。このことを知るのは、香月博士と私、社霞の二人だけです。そして、この事は絶対に他の人間には話さないでください」

「……話すと、どうなるんだ?」

オレはいつしか机から身を乗り出していた。

「……いま、あなたが考えた通りの結果になると思います」

ろくでもない結果しか思いつかなかったのだが。

オレは天を仰いだ。

深くソファーに座りなおすオレ。

こりゃダメだ。

ダメダメすぎるほどの異常事態。

手に負えなさ過ぎる。

だが、ただ手をこまねいているだけ、って訳にはいかないか。

なんとか情報を聞き出すんだ――。

「……なぁ、社。百歩譲って、これが、この現象が夢でないとしよう。で、本当に、本当の本当にオレは元の世界に戻れないのか?」

「黒須さん、何度も言いますが、コレは夢ではありません。そして残念ながら、今のあなたは、あなたの元の世界に戻ることは――できません。ごめんなさい」

――今のあなたには?

「さっき、前例と言ったよな? 社。それを教えてくれないか?」

「はい。あなたのいた元の世界の人間が、私たちのこの世界に来た事実があります」

「――それは誰だ?」

「ごめんなさい。今は、お答えできません」

――そりゃ、教えられないか。でも、そうなるとオレの知ってる人物だということか?

いや、決め付けるのは早すぎる。

「じゃあ、質問を変える。そいつはこの世界にまだいるのか?」

「ごめんなさい。それもお答えできません。でも、その人はこの世界でやるべきことを果たして、――現在――幸せに暮らしています」

この世界での目的――だと?

「どうしてそれがわかる」

「ごめんなさい。私を信じてください。今は、それだけしかお答えできません」

……。

肝心なことになるとコレだ。

「社。では、オレにもこの世界でオレがやるべきこと、というのはあったりするのか?」

「ごめんなさい。それは、黒須さんが自分自身で見つけてもらわないといけません。……ですが、間違いなく存在します」

「どうして言い切れる?」

「黒須さんをこの世界に引き込んだ事象。それが、この世界に必ず存在するからです」

「よくわからないな」

「黒須さんが単なる偶然で、この世界にやってきたのではない、ということです」

「偶然ではない。この世界に連れてこられた明確な理由がある。そう言っているのか?」

「はい」

――オレは誰かにこの世界に連れてこられた?

なぜ。

なぜオレなんだ?

オレでなくてはいけない――何かがあるとでも?

「オレがこの世界に連れてこられた、その理由というのは、前の奴と同じ理由なのか?」

「私にはわかりません。今はまだ、判断材料が少ないんです」

まいったな……もう、オレはこの現象が夢なんて言わない。

だけど、オレはこれからいったいどうしたらいいんだ?

この奇妙な世界、右も左もわからない。

でも、どことなく共通点があるこの世界でどうしろと?

「黒須さん、提案があります。この提案は、私からの心からのお願いであると同時に、香月博士の強い要望でもあります」

なんだ?

他ならぬ、夕呼先生からの提案――興味がわかない方がおかしい。

「……どうせ右も左もわからない。それに、オレは夕呼先生に絶対服従なんだろ? 言ってみろ、社。おれはどうしたらいい?」

「香月博士を助けてください。力になってあげてください」

「は?」

あの天上天下唯我独尊の夕呼先生でも思い通りにならないことがあるのか? 想像できないな。

「お願いです。香月博士の望みを叶えてあげてください」

――先生には何かやりたいことがある、ってことか?

なんだろう。

そして、それはおそらく先生一人ではどうしようもない出来事――。

そのとき、扉が開いた。

先生はオレを見るなり、鋭い視線を向ける。

「あら。いい目をしているじゃない。アイツのときとは全然違うのね」

「アイツって誰です?」

「ノーコメントよ。――社もそう言ったんじゃないの? 違う?」

「聞いていたんですか?」

「想像にお任せするわ」

――いつも通り、謎過ぎる。

「オレは、夕呼先生には絶対服従なんでしょう?」

「あ、そういえばそうだったわね。忘れてたわ? まあ、そんな事はどうでも良いのよ」

「なんです?」

「黒須。あなた決めたようね。――ここは社にお礼を言うべきかしら。で、本題」

「?!」

「黒須。取引よ。協力しなさい。協力と引き換えに、ここでの、この世界でのあなたの生活の全てを保障するわ」

本題と言いつつ、これは本題ではない。

――絶対にブラフだ。

ここはおとなしく言うことを聞いてみよう。

そうしているうちに、なにか手がかりがあるはずだ。

必ず尻尾を掴んで、突破口を見つけるしかない。

「わかりましたよ。オレはなにをやったら良いんです? 先生」

あれ?

先生が驚いてる?

気のせいか、今の、先生の本気の目じゃなかったか?

「やけにあっさり言うわねー。でもね、そういうの、好きよ?」

夕呼先生がにんまりと笑う。

先生がこういう顔をする時。

それがろくでもないことの始まりを意味することをオレはよく知っている。

そして、ついに夕呼先生はその呪わしい言葉を吐き出した。

「黒須。――あなたには、宇宙人と戦争をやってもらうわ」

「……は?」

夕呼先生は笑いながらオレに告げる。

宇宙人? なにを言い出すんだ?

現実感から程遠い一言だった。

だけど、今思えばこれほど現実を表した言葉はなかったのだ。

そう、オレはこの日の夕呼先生の意地悪な笑い顔を忘れる事はないだろう。

◇◇◇

BETA。

人類に敵対的な地球外起源生命。

そう呼称される存在の駆逐こそが、この日、オレの使命となった。

第一章

2002年 1月15日 火曜日

この世界。

昨日、社から聞かされたこの世界は、絶望の世界だ。

人類は疑いの余地など挟む余裕すらなく、その滅亡の時が秒読み段階に迫っている。

そして信じられないことに。

そんな最悪な状況下にあってなお、人類はお互いに水面下でいがみあっているらしい。

◇◇◇

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

「ん……エレーナ?」

ゆさゆさ……。

「……えい」

掛け布団が剥がされた。

オレは目を開ける。

目の前には小柄な女の子。

「や……し……ろ……」

黒い制服。銀の髪。――それは社だった。

理由はよくわからないが、社はオレを起しに来てくれたらしい。

「……社が起してくれたのか。ありがとう」

「……(こくり)」

◇◇◇

「……ばいばい」

オレが起きたことを確認すると、社は部屋から出て行った。

「あ、ああ。バイバイ」

――なんなんだ?

社の謎行動。

――よくわからない。

◇◇◇

――さて、オレはこれからどうするか――。

オレは個室をあてがわれ、硬い寝台の上で考え事をしていた。

社が出て行って10分を数えた頃だったろうか。

ノック。

訪問者が在った。

――だれだろう?

やがて、張りある女性の声が聞こえてくる。

「黒須勇海。私は香月副指令からキミの面倒を見るように仰せつかった宗像美冴大尉だ。キミに5分やる。――準備を終わらせてこの部屋から出て来い」

妙な言い方だった。

だが、気にならないといえば嘘になる。

オレはその呼びかけに応えることにした。

言われるまま慌てて着替え、ドアの外に出たオレはその女性仕官を見て息を呑んだ。

――冗談だろ?

なんなんだこの超絶美人は――。

◇◇◇

ドアの外で待っていたのは、宗像と名乗る黒い国連軍の軍装をした女性仕官。

だが彼女は今、体の随所を包帯で巻き、三角巾で腕を釣っている満身創痍の姿。

だが、そんな痛々しい姿よりも、まずオレの目に飛び込んできたのは見目麗しく、あまりに整った匂い立つほど雅な彼女の容姿だった。

そんな女性仕官がオレの顔を見てあからさまに驚きの表情を浮かべている。

あのときの涼宮が取った表情と同じ――。

なんだっていうんだ?

一体なんなんだよ。

この展開はいったい――。

「――あなたは?」

「!? ――なるほど、たしかに――。まあ、こんなこともありうるだろうな」

「――先ほども言ったが、私は宗像美冴大尉だ。キミの上官に当たる。――で、キミは本当に黒須勇海なのか?」

「そうですけど……?」

宗像大尉は目を細めてオレを見る。

「はぁ、――重々わかっていたつもりだったが、香月副指令も罪なことをする――」

「え?」

「なんでもない。――では、ついて来い」

「え? ――あ、ああ。わかりました」

宗像大尉が、形の良い眉を寄せる。

「!?――もう一度確認する。キミは本当に黒須勇海なのだな?」

「へ?」

「……キミは……はぁ」

深いため息が聞こえた。

なんともいえない表情と沈黙。

オレとしても、なんと答えてよいのやら。

「――黒須中尉。なにがあったかは聞かない。キミの態度も咎めない。だが、一つだけ言っておく。一秒でも早く立ち直れ。――さもなくば、キミは間違いなく死ぬ。大切なものは何一つ守れず、今度こそ、犬死するだろう。キミはそれを望むか?――そうはなりたくないだろ?」

黒須中尉?

中尉って軍隊の、あの中尉様か?

なんのことだ?

「すみません。話の内容が良くわからないのですが……」

「……はぁ、まぁ行くぞ。廊下で立ち話する内容ではない。いいから私について来い」

◇◇◇

小部屋に案内された。

「……」

「なんでしょうか……」

「この部屋が何の部屋かわかるか? 黒須中尉」

何かの会議室――に見えた。

「会議室、でしょうか?」

宗像大尉の目が、また細まる。

ああ、またこの目かよ――。

だが、次の瞬間、この人の笑顔を見た。

――なんだ、こんな顔できるんじゃないか。

無理に造っているのはわかったが、始めてみる宗像大尉の微笑。

魅力溢れる、ってこういう人を指して言うんだろうな。

「まあいい。しかし黒須中尉。よく生きて戻ってきたな。――本当に」

?!

な、なんのことだ?

「今はそれだけで良しとしよう。――キミの記憶は追々戻ってくると、副指令もおっしゃられていた。――だから、その点においてキミは――何も心配する必要がない」

オレは記憶喪失なんかじゃ――いや、ちがう。恐ろしいことだが、おそらくこの世界にはオレとは別の、黒須勇海が存在していて、宗像大尉はきっとそいつのことを言っている――そして、ほぼ間違いなく、この世界のオレは――。

「キミは特殊任務部隊A-01連隊の一員として、詳しい内容は知らないが、副指令直々の特殊任務に従事していたと聞いている。異国、それもソビエト連邦での永らくの任務ご苦労だった。黒須中尉」

ソビエト連邦って、今は西暦何年なんだよ。

「そのA-01連隊だが、先日の甲21号作戦、横浜基地防衛戦、続く桜花作戦で、伊隅隊長を始め、多くの仲間たちを失った。――連隊は事実上の壊滅状態であり、実働可能な衛士はキミ一人だけだ。――そう、もうキミだけなんだ」

――は?

……なんだよそれ。

部隊壊滅って。

そんな、無茶苦茶じゃないか。

「近く、隊の再編がおこなわれるはずだ。私はそれまで、キミの指導を命じられた。午後から早速シミュレーターで訓練を行ってもらう。ただし、見ての通り私もこんな体だ。キミには迷惑をかける」

オレは宗像大尉の痛々しい姿に目をやった。

――この人はその戦いを生残ったんだな。

こんなに怪我してまで。

「わかりました」

少しは素直になっても良いかな、と思った。

このときは。

「――ほぅ?」

でも、シミュレーターってなんだ?

訓練?

ああ、軍隊なら訓練ぐらいやって不思議は――え?

オレがやるの!?

などとは聞けず――。

またも目を見開いた宗像大尉がオレの顔をまじまじと見る。

「わかりました、だと? 黒須中尉。それが上官に向かって言う言葉か――。……?」

「?」

オレはかなり間抜けな顔をしていたに違いない。

「キミは――キミは――本当に何も思い出せないのか――」

宗像大尉は形の良い眉を潜めて、オレに囁くように、いや、何か観念したように言葉を吐いた。

「私は香月副指令から、キミを一刻でも早く使い物にするように厳命されている。――だが、事態は私の予想を軽く超えているようだ。最大限、キミに配慮したい」

「どういう意味でしょうか?」

「――基本的に、上官への勝手な質問は認められない」

取り付く島もない。

「――でも」

「食事だ。PXに行くぞ。――そんな顔をするな。キミは、PXの意味も、場所すらもわからないと言うのだろう? ――ついて来い」

「わかりました」

「返事は「はい」だ」

「はい」

宗像大尉の言葉は常に辛辣だった。

「あら、美冴ちゃん。――ああ、大尉さんになったんだね。昇進おめでとう。あんた、もう出歩いても大丈夫なのかい?」

「ありがとうございます。でも、私が功を立てての昇進とはとてもいえないので、内心複雑です。――体の件は、そうも言ってられません。香月副指令は私がベッドで寝ている事が気に入らないようなのです」

「あはは、そうかもしれないね。――ん? 黒須? あんた黒須中尉じゃないか! アンタ無事だったのかい!!」

「?」

「どうしたんだい? 黒須中尉。随分と久しぶりだと言うのに元気がないねぇ」

「――京塚軍曹。それが、彼はどうも記憶が曖昧というか――以前のことをよく覚えていないようなのです。都合の悪いことは全て忘れる――それが彼のポリシーだった可能性は否定しませんが」

「そうだったのかい。まあ、飯をしっかり食ったら思い出すさ」

「私からもお願いします」

宗像大尉がオレに視線を飛ばし、目配せする。

「よろしくお願いします!」

反射的に言葉が口に出ていた。

京塚軍曹を名乗るおばちゃんの押しの強さに、オレは少々ビビッていたのかもしれない。

「いい返事だね。ま、それだけ元気なら大丈夫ってものさ――ところで、何か食べに来たんだろ?」

「軍曹、何か残っていますか?」

「あんた達、遅かったからねぇ。なにも残ってはいないけど、今、噂の新製品を今仕込んでいたところさ。なかなかの人気でね」

「ああ。例のものですね」

「そうさ。英雄様の発案さ」

「ヤキソバパン……彩峰の大好物――」

オレが何度も彩峰に強請られたパンじゃないか。

「!? あんた、これ知ってるのかい? そうさ。彩峰少尉はこれが大好きだったねぇ」

「黒須中尉……?! キミは彩峰少尉と面識があったのか?」

彩峰少尉? ……あった?  引っかかる物言いだった。

って、彩峰、少尉?

あいつも軍隊に?

宗像大尉が視線鋭くオレを見る。

気のせいか? 宗像大尉の視線が……オレを鋭く抉るように。

「え? あ? いえ。ありません」

「……もう一度確認する。私の目を見るんだ黒須。それは本当か?」

宗像大尉が無事な方の手でオレの胸倉を掴んでいた。

見た目からは想像もできないほどの凄い力だった。

「答えろ!!」

「そんな人は、知りません」

オレが断言すると、宗像大尉はオレを解放してくれた。

「……そうか」

「まぁ、とりあえず腹ごしらえだ。適当に席に着け」

「はい」

どこか残念そうなのは気のせいか。

◇◇◇

目の前には小さな拳大の茶色の紙パックがあった。

「これは?」

「伊隅大尉お勧めの栄養ドリンクだ。飲め」

言われるままにストローを刺しつつ飲んだオレ。

……?!

ゲロマズ?!

オレは堪らず噴出した。

あ。

しまった!

宗像大尉が汚れた自分の制服に目を落とし、顔を顰める。

「……キミは私に何か思うところでもあるのか? それとも、こうして見目麗しい女性を汚すことで快感を覚える哀れな性癖の持ち主なのか?」

「ち、違います!」

「違うとは何を指して言った言葉だ?」

「……勘弁してください、大尉」

慌ててフォローしても追い討ちをかけるほどに、いい性格をされてるんですね、大尉殿。

以後気をつけます。

「そうか。残念だ」

「黒須中尉。思うところを忌憚なく話してみろ。――私が香月副指令から一言念を押されていなければ、私は今頃キミを迷うことなくしかるべき施設に送致するよう取り計らっていただろう」

――どこなんだよ、それは。

聞きいたらとんでもないことになりそうなので、聞かないことにする。

「?」

「いいから話すんだ、黒須中尉」

「おっしゃられていることの意味がよくわかりません」

「考えるんじゃない。感じるんだ。キミが感じていることを話してみろ、――私は、そう言っている」

あー、そういうことか。

この世界での疑問をぶつけろ、そう言われているのか?

でも、社にこの世界の人間でないということを言うなと言われたよな。

あ、でも、そのことに触れなければ良いんだ。

なんだ、簡単じゃないか。

ここは、そうだな、よし――。

「オレは――」

◇◇◇

オレはこの日、宗像大尉の喜怒哀楽といった表情を全て見たような気がした。

初対面の相手にこうして話せるなんて、自分でも驚きだった。

◇◇◇

「わかりたくもないが、大体のところは飲み込めたよ」

「宗像大尉、ありがとうございました。オレの感じていた違和感の原因がようやくわかったような気がします。やっと納得できたと言うか、諦めがついたと言うか――夕呼先生や社から聞かされたことの裏づけが取れた、というか――」

「――ほう? それも妙な言い回しだな」

――しまった?!

こ、これが誘導尋問というものか!?

「そしてキミは、香月副指令のことを先生と呼ぶのか――ある人物を思い出すよ――そして、彼は姿を消した」

宗像大尉の言葉はオレの目の奥を見透かすように潜り込んでくる。

「――そして、その代わりにキミが現れた」

大尉の目が妖しく光った気がした。

「オレは」

「何も言わなくて良い。そして、それを聞く権限は――おそらく私にはない。そして、それを聞く勇気もない。私はこう見えても小心者なんだ」

「オレ……」

「いいか、私は今の話、全て聞かなかったことにする。――キミも何も話さなかった。「夕呼先生と社の言いつけ」とはそういうことだ。いいな、黒須中尉。必ず守れよ?」

囁くような声は、オレに配慮しているようで、その実は――。

嘘なのか本当なのか、まったく本心が掴めない。

「はい」

「良い返事だ。ならば、このままここで昼食を取って、それからシミュレーション訓練を始めようじゃないか」

「はい」

◇◇◇

食事後の宗像大尉の一言。

「――なぁ黒須。これは純粋な興味と言うか憧れに近いのだが――キミ言う世界――平和な世界とはどのような世界なんだ?」

椅子から立ち上がろうとしたオレは思わずよろめいた。

全て書かなかったことにするって言ったのはつい今しがただろ?!

話すわけには行かないが、今のは完全にしてやられた。

「――冗談だ。なんだ。キミは本気にしたのか。――キミは誠実なのだな」

宗像美冴大尉。

底が知れない上官であった。

「――そうか、キミの話――妄想ではなかったのか」

◇◇◇

シミュレーター。

ゲームをやってる気分だった。

しかも、ヌルくてイライラする。

イージーモードをさらにイージーにしたような張り合いのなさ。

戦術機に乗って戦うための訓練、と教えられたが、もしかしたら余り面白みのないことになるかもしれない。

昨日、社から教えられて、唯一オレの興味を引いた話題だったのだけれども。

それに、強化装備と言ったか?

この変なスーツはいただけない。

もっとましなデザインはなかったのかよ。

「ご苦労だった黒須中尉。今日はここまでにしよう」

「以前のデータと比較にならないほどの腕前だ。――腕を上げたようだな――とても同一人物とは思えない」

宗像大尉の顔が笑っている。

――大尉は、わかって言っているに違いない。

「こんなのだれでもできますよ」

「含むところがあるようだな、黒須中尉。――だが、キミは特別だ。何も問題はない」

「そうですか?」

「――戦術機の操縦については問題ない。だが、黒須中尉。キミは最近運動不足なのではないか? ああ、言い忘れたが、キミにはグラウンドを走る権利がある。さっそくその権利を行使したまえ」

「え?」

「何をしている? 黒須中尉。着替えて、持久走を行うのが日課だったではないか。遠慮せずに早く行きたまえ。――ああ、思い出した。キミは美女の声援がないと、やる気が起きない口だったな。忘れていたよ。私もすぐに行く」

「ええ!?」

「私を待たせるつもりか? キミはそれでも日本男子か? ――早く行きたまえ」

「――は、はい」

――どうしてこんな展開に!?

◇◇◇

はぁはぁ。

ちっくしょう、今走り始めたばかりだというのに、もう足が痛くなってきた。

何故だ!?

なぜオレはランニングなどしているんだ?!

何かよくわからないうちに走らされてるぞ?

しかも――だ。

「黒須中尉。ペースを上げたまえ。以前のキミはこんなものではなかったはずだ」

宗像大尉の持つ拡声器から無責任な声援が飛ぶ。

「……」

はぁはぁ。

倒れそうなほど、既にきついんですけど。

「私はキミが美しく走る姿が見たいのだ。早くしてくれたまえ。ああ、それはきっと、とても感動する光景に違いない」

「……」

はぁはぁ。

「何を休んでいるのだ? ――キミはこの程度の男ではないはずだ。――私を失望させるな、黒須中尉」

「……」

はぁはぁ。

「おかしいな。黒須中尉といえば、中隊一、持久走に自身があったと記憶しているのだが。これは妙なこともあるものだ」

「……」

はぁはぁ。

「あれはいつだったか。キミが寝物語に語ってくれたと思ったのだが……」

!?

「……わかりましたよ、走れば良いんでしょう走れば!! だから妙なことを言うのは止めてください!!」

「なんだ、元気があるじゃないか」

「……」

「……」

「……いいから早く走れ!! さっさと行け黒須!!」

……はじめからそう言えよな……。

◇◇◇

――夕食後。

オレは、社に促され、夕呼先生の部屋――副指令室――の部屋に入った。

「夕呼先生、呼びましたか? 社が迎えに来てくれたんですけど」

オレの後ろから、ひょっこりと顔を出した社。

「社、ご苦労だったわね」

「……(コクリ)」

トトト、小刻みに歩いて夕呼先生の傍に歩み寄る姿は小動物に見えなくもない。

夕呼先生はそんな社の頭を撫でながら、いつもの調子で口を開いた。

「黒須。いいところに来たわね。つい今しがた、良いことを思いついたところよ。しかも二つもね! さすが私よねー」

にやりと笑う先生。

嫌な予感しかしない。

この笑顔の後は、必ず誰かが不幸になるのだ。

そして、今回のターゲットは9割8分、オレに違いない。

「先生、何か企んでますね?」

「嫌なこと言うのねぇ、あんたには何もしないわよ。あんた、人の事なんだと持ってるわけ? 失礼しちゃうわ」

「だって、いつもそうでしたから」

「ふーん。ま、いいわ――黒須、今夜はあなたいた世界の、あなたのお友達の事について聞きたいの。話してくれる?」

――なぜそんなことを聞く。

「そんなこと聞いてどうするんですか」

「純粋な興味よ。あなたと親しいお友達――そうね、黒須、あなたに恋人とかいないの? あ、まさか結婚はしていないでしょうね?」

な、何を言い出す!!

「結婚なんてまだしてませんよ! そんな歳じゃないです!!」

「そ。面白くないわね――社もそう思うわよね?」

「……はい」

表情なく頷く社。

「面白くなくて結構です」

「じゃあ、あなた、恋人は?」

「恋人――といえるかどうかはわかりませんけど、親しい女友達なら二人いました」

「――どんな関係?」

「幼馴染です。物心ついたときにはいつも隣にいましたよ」

「名前を聞いてもいいかしら。黒須君の恋人の名前」

「恋人じゃないですってば。ええと、コイツは白系ロシア人なんですが、エレーナ・ストレリツォーヴァ、そして日本人で、月環咲夜って名前の子です」

「どんな字を書くの? 書いてみてもらえる?」

「いいですけど、何のために?」

「姓名判断よ。後で黒須との相性を見るの――黒須。私がそんなことするなんて、意外だと思った?」

「当たり前です」

「断言されると、それはそれで頭にくるわね。――まぁ、ちょっと書いてみて」

オレは渡された紙に鉛筆で書いて渡した。

「ありがとう。彼女たちについて聞いていい? ――素敵な子達だったんでしょ? 黒須が好きになるくらいだもの。ね、社?」

「……はい」

今度の社は笑顔を浮かべた。

――社が笑うなんて。

珍しいよな?

◇◇◇

「黒須、あなたも疲れているだろうけど、どうしても今日やっておきたいの。ちょっとついて来てもらえる?」

「オレに断る権利はないんですよね?」

「何をいまさら。さ、行くわよ? 社。あなたもついて来て」

「――はい、香月博士」

いくつもの隔壁を抜けて、先生は奥へ奥へと進んでゆく――。

オレと社はそれについて行った。

そこには、青いシリンダーが幾つも並んでいる。

――中に何か浮かんでいるんだが……見てはいけないと、頭の中で最大級の警告が――。

先生が立ち止まった先に、それがあった。

「黒須。因果律量子論は知っているわよね?」

「ええ。先生が言いだしたトンデモ理論ですよね。オレの世界で先生が黒板に書いて説明していたやつじゃないですか?」

「へー。あなた、授業まともに聞いているのね」

「ええ、雑談をされるときだけ、なんと言うか、授業聞きたくなるんですよね」

「普通の授業も頑張りなさいよ?」

「ええ、もし元の世界に戻れたなら、そうしたいと思います」

先生の視線の先。

オレもなんとなく、そちらに目やった。

それは――。

これって――。

見てしまった。

先ほど、あんなに強くオレ自身の無意識が警告していたのに――。

何気なく、目をやったシリンダーの中身。

それは。

――これって――。

――どう見ても、目の前のシリンダーに浮かぶ物体――は――。

――それは、紛れも無い人体の姿で――。

先生が向き直る。

「だれだと思う? 黒須、あなたにも面識があるはずなんだけど」

――だ、だれだ――!?

この、特徴的な触覚は――。

「……鑑……純夏……? ……白銀の……」

――ドクン――。

オレの心臓が――跳ねる。

おそるおそるシリンダーの中を覗き見る。

!!

馬鹿な。

鑑が、鑑が。

シリンダーの中で眠っていた。

――どういうことだ!?

「そう。鑑純夏よ。――彼女こそ、人類の救世主を演じた娘」

「演じた?」

「そうよ。彼女はおそらく今――永遠の眠りについている」

そう熱っぽく話す先生の瞳はどこか狂気を帯びているようにも見える。

――こ、これが世に言うマッドサイエンティストというやつか!

「そ、それって――」

「生物学的には死んでいるわ。でも、鑑が死んだのはそれのずっと以前の話よ。それとこれとは関係ないわ」

「どういうことです?」

「今話しても、あなたには理解できない。――だから、今は話さない。わかった?」

――先生の話すことは殆ど理解出来ない。

でも、とても重要な話をしている――そう思えてならない。

オレはシリンダーの中の鑑を見つめる。

鑑――お前はどうしてこんなものの中にいる――?

「なに、黒須。鑑に惚れたの?」

「バカいわないでください!」

オレはシリンダーの中に浮かぶ鑑から目を逸らす。

「じゃ、構わないわね」

「!?」

なにが構わないって?

「社、やってちょうだい」

「はい――。でも、博士、純夏さんはもう――」

社が今にも泣きそうな顔で夕呼先生を見ている。

「あなたが黒須から見たものを鑑に投影してちょうだい。――いい? 最新の例の情報を見せてあげなさい」

オレから視たもの?

最新の情報?

何のことだ?

「でも――」

「ええ。活動限界だった――わね。いいからいいから。かまわないからやっちゃって。私の計算だと――」

社がシリンダーの前に立つ。

◇◇◇

「純夏さん」

……。

「純夏さん――」

……。

「純夏さん――――?」

……。

社が物言わぬ鑑に声をかけ続けていた。

どのくらい待っただろう。

10分はたったかもしれない。

いい加減、飽きてきたときだった。

「――!? 純夏さん――?」

気泡。

死んでいるはずの、鑑の口から零れる泡。

!?

シリンダーの中の鑑が、息を、吐いた――のか?

「純夏さん――まさか――本当に――帰って――」

帰って? ――どいうことだよ?

先生の口元が笑みを形作る。

「――あはは、あははははは!――面白いじゃない。面白いわ!! 人類にとっての最良を常に選び続ける――それが、そしてこの結果が、あなたの意思なのね!?」

社が頷き、振り向いてオレを見た。

社は泣いていた。

涙を流れるままに任せて、泣き腫らしていた。

だが、オレの傍らに立つ夕呼先生は無慈悲にも言い放った。

「――じゃ、社。次、お願いね」

そして、再び社は鑑に目をやる。

「うぐっ――純っ夏っ――さん、お願いっ――しっます――うぇっ――ごめんなさい――」

すると――。

?! 鑑は瞼を薄っすらと開いた――かに――見えた――。

オレの頭の中がかき回される。

何かが見える。

オレが強く感じるのは誰かの姿。

だれだ、これは一体――。

白い、白稜の制服。

白銀? か? 先ほどから白銀の姿ばかりが思い浮かぶ――。

しかも最近のものばかり。

笑ってるところ、バカやってるところ、怒られてるところ――はは、あいつほんとバカだよな。

鑑と騒いでいるところなんて特に――。

――タ――ケ――ル――ちゃん――。

タケルちゃんが――笑ってくれている――本当に――本当に――嬉しいよ――。

――私も――こんな平和な世界に――生まれたかったな――。

なんだ? この声は! ――もしかして、鑑? 鑑なのか!?

シリンダーの中の鑑が何かしたとでも!?

鑑の姿が黄金色に輝き――少なくともオレにはそう見え――始めた。

眩いばかりの黄金色の輝きは、オレを、社を、夕呼先生を包んで――。

あまりのことにオレは悲鳴を上げていたらしい。

それからの事は良く覚えていない。

◇◇◇

2002年 1月16日 火曜日

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

「ん……エレーナ?」

ゆさゆさ……。

「……えい」

掛け布団が剥がされた。

オレは目を開ける。

目の前には小柄な女の子。

「や……し……ろ……」

黒い制服。銀の髪。――それは社だった。

「……おはようございます、黒須さん」

「あ、ああ。社。――起こしてくれてありがとな」

「……(こくり)」

社が頷く。

――それにしても。

「なんだ、あれは夢だったのか。変な夢だったな――」

本当に変な夢だった。

青いシリンダーの中の鑑。

そんな事があるわけがない。

「……」

「ホント、変な夢だ――」

第二章

2002年 1月17日 水曜日

「麻倉舞少尉です! 本日只今を持って原隊に復帰いたします!」

元気に声を張り上げる少女。

少し調子の外れた声。

無理に大きな声を出そうといるようにも聞こえる。

肩辺りまで髪を伸ばした、ややおとなしそうな女の子だった。

ああ、こいつ知ってる。

夕呼先生のクラス、3-Dの子だ。

そんな麻倉の元気な声に、宗像大尉が優しく応じた。

「復帰を許可する、麻倉少尉」

「は!」

宗像大尉。

頼むからオレにも優しく接して欲しい。

緊張からか、麻倉の声は硬かった。

「麻倉、キミが所属していたA-01連隊だが、今までの作戦で、伊隅隊長を始め、多くの仲間たちを失った。――連隊は事実上の壊滅状態であり、実働可能な衛士はキミともう一人――この黒須中尉だけだ。本来ならば、とっくに部隊の解散命令が出てもおかしくないはずだが、そんな命令は受けていない。逆に、香月副指令はこの組織体型を維持したまま、新たに隊員を補充する予定だと聞いている」

淡々と説明する宗像大尉。

麻倉は初めて聞いたのだろう。

それなりの覚悟はあったようだが、酷くショックを受けているようだった。

「近く、隊の再編がおこなわれるはずだ。私はそれまで、キミの指導を命じられた。午後から早速、ここにいる黒須中尉と共にシミュレーターで訓練を行ってもらう」

オレは麻倉に軽く挨拶をしておいた。

「よろしく、麻倉少尉」

「またよろしくお願いします、黒須中尉」

また? この子はオレと面識があるのか――。

さすがのオレも、麻倉についての記憶はほとんどない。

同じクラスになったこともないし、接点なんて何もなかったからな。

しかし、やはり麻倉の声は硬い――。

「では、13:00に強化装備着用の上シミュレータールームに集合せよ! では、解散!」

宗像大尉がオレに目配せする。

あ、忘れてた。

号令をかけないと。

「敬礼!」

麻倉が敬礼する。

その場は解散となった。

◇◇◇

オレが部屋を出ようとすると。

「黒須中尉、ちょっと来い」

――やはりそう来たか、宗像大尉。

さっきから視線で合図受けてたものな……。

「なんでしょうか、宗像大尉」

「言わずともわかっているな? 黒須中尉。部隊への配属は昨年10月、戦闘参加は僅かに二回、そのうち対BETA戦闘は一回に過ぎず、そのBETA戦闘で負傷して病院送り。二月ぶりに原隊に復帰してみれば、伊隅隊長以下ほぼ全員が戦死、もちろん同期も茜以外全員戦死。その茜も負傷して今だ復帰せず」

淡々と言っているが、大尉も内心穏やかではないな。

言葉に熱がこもり始めてる。

「今の隊長は自分に辛く当たってばかりであった私。一人元気なお前にいたっては論外だ。黒須中尉、キミは完全に嫌われている」

「何故です」

「胸に手を当てて考えてみろ」

オレは天を仰ぎたくなった。

わけがわからない。

――胸に手を当ててみた。

当然、何も出てこない。

「……。で、オレにどうしろと?」

「何を言われても動じるな。お前は現実を教えてやると良い」

は? そんなので大丈夫かよ。

とても麻倉がどうにかなるとは思えない。

「突き放して大丈夫なのですか?」

「まだ本人には秘密だが、あと数日で茜が隊に復帰する。それまで持たせるだけでいい。それに、お前は嫌われているのだ。自覚しろ」

宗像大尉の視線が冷たい。

「はい」

なんと理不尽な。

◇◇◇

――どうしてこうなった。

午後は麻倉と二人でシミュレーター訓練ではなかったのか。

ここは北海道にある千歳基地の第一滑走路。

ここは北海道なのだ!

目の前には戦術機が完全武装で並んでいた。

座学では聞いていた。

シミュレーターにも乗ってみた。

しかし、実物を見てみると、不安ではちきれんばかりだ。

巨大ロボット。

鋭角的なで威圧的なデザイン。

そんな人型兵器。

ありえなさ過ぎる。

バルジャーノンじゃあるまいに。

今、オレの目に映るのは日本帝国軍の戦術機、戦車、高射砲……。

大体、日本国の自衛隊ではなくて、日本帝国の帝国軍というのが頭が痛い。

まぁ、今はそれは横においておいて、この現状を整理してみよう。

戦術機や戦車、その他もろもろは日本帝国軍千歳基地の第一滑走路を遠巻きに取り囲んでいる。

その滑走路の傍らに駐機中の大型輸送機の前にオレたちはいた。

オレと麻倉の二人は強化装備を着せられている。

まぁ、怪我が完治していない宗像大尉の強化装備の着用には無理があるのだが。

しかし、強化装備というのは、何度着てもしっくり来ない。

でもその内、気にもならなくなるかもしれないな。

◇◇◇

Su-37UB チェルミナートル。

それが今現在、帝国軍が取り囲みつつ、オレたち三人が目にしているソビエト連邦の戦術機の名前らしい。

帝国軍の撃震とは違う、洗練された近接機動格闘戦を強く意識したフォルム。

巨大なスラスターを持つその機体は、ブレード付きの跳躍ユニットを装備していた。

機体の各所に弾痕らしき陰が散見され、素人目にも装甲各部に破損箇所が認められる。

彼女に刻まれた、それらの勲章の全てが自由なる新天地を求めた祖国からの脱走劇の激しさを伝えていた。

◇◇◇

数時間前、レーダー網をかいくぐり、突如として現れたこのソ連の戦術機に基地はパニックになったらしい。

今から5年前に正式な配備が開始されたこの2.5世代機。この大型戦術機はその優れた格闘戦能力が知られているに過ぎず、多くは鉄のカーテンの元、闇の中とされる。

この機体を駆り、帝国軍の迎撃機を一瞬で無力化して千歳基地に強行着陸を敢行したソ連のパイロットは、この機体と、自身の身柄の国連軍横浜基地への輸送を条件に、帝国への亡命を申し出たそうだ。

らしい、というのは、オレも先ほど聞いたばかりと言うことと、初めて聞く単語が多すぎてオレの頭が混乱しているからに他ならない。

しかし、今どきソビエト連邦って……ロシアはどうしたロシアは。

改めて別世界なのだと思い知らされる。

◇◇◇

近づいてきた一台のジープから、一人の士官が降り立った。

士官の敬礼に対し、オレたち三人は答礼した。

「私はこの緊急事態に臨時でこの場を預かっている日本帝国軍第二独立戦術機甲連隊の松浦七海大尉だ。貴官らが国連軍の?」

「国連軍横浜基地所属の宗像大尉です。このような姿で答礼も満足にできず、申し訳ありません」

見れば、目つきが鋭い――いや、はっきり言って目つきの悪い、中性的な風貌の女性士官だった。

背丈は160cmに少し足りない、といったところか。

ん? 何処かで見たような?

いや、まさかまさか!

「な、ななみ先輩!?」

聞きとがめたのだろう。

そしてこれこそが、この人物がまぎれもないななみ先輩であることを示していた。

「ん? き、貴様まさか、――黒須、あの黒須か!? 貴様、今は国連軍に!?」

「黒須、黙らないか!」

「申し訳ありません、松浦大尉、黒須中尉が失礼を。――黒須の詳細は機密事項でして、その……」

ななみ先輩はオレを睨みつけ、鼻を鳴らして威嚇する。

「フン、機密か。貴様がここにいる理由、そう考えることが自然であろうな。全く、貴様如きと口を利くのも汚らわしい。帝国国民の恥、この売国奴め。貴様のような下種を使わねばならぬほど、国連軍も逼迫しているのだろうよ。――とはいえ。国連軍も人材不足か。貴官の満身創痍の姿を見ると、明日は我が身であろうこと、思い知らされるよ。――で、宗像大尉、あれはいつまでに片付けてくれるのだ。あの共産主義者どものガラクタは。――まったく、あのようなデカブツ、何の役に立つと言うのだ。あの露助め、どうせならソ連ご自慢の大型トラクターでも土産に持って来れば良かったのだ。その方が現状の万倍は帝国に貢献できただろうに!」

帝国の恥?

売国奴?

――オレの事なのか?

「二時間――いえ、一時間半ほどいただけますか?」

「一時間だ。一時間でやって欲しい」

「わかりました。大尉」

「よろしく頼むよ。まあ、君たち国連軍も、あんな赤の手先を身内に抱えて大変だろうが」

赤の手先――?

何の話だ?

「彼はよくやってくれてますよ。――特に私の靴磨きなど」

「あはは! 宗像大尉、貴官とは巧くやれそうだ。作戦の成功を祈る――。部隊には貴官たちの邪魔をしないよう、厳命しておくとしよう」

「――ご配慮、ありがとうございます、松浦大尉」

「礼には及ばない。ではこれで! お互い、負傷時くらいは充分な休みを貰いたいものだな! ――もっとも、今の状況ではそれも贅沢か」

◇◇◇

「早速だが、黒須中尉、キミに特別任務を与える。あのチェルミナートルの目の前まで丸腰で歩いていき、愛しの恋人と永遠の愛を確認して来い!」

「は?」

「うわ、大尉それって……!」

「麻倉、お前は黙ってろ! 黒須中尉! キミは命令を復唱しないか! これは冗談でも軽口でもない。香月副指令直々の正式な命令だ。私もつい先ほどまで命令の詳細は知らなかった。耳と目を疑ったが、本物だ」

「し、しかし」

そうは言われてもな。

「本物の副指令の命令なんですか?」

麻倉は目を丸くして驚いていた。

無理もない。

オレも驚いている。

映画やお芝居でも聞いたことがないぞ。

「そうだ。ターゲットの名前は『エレーナ・ストレリツォーヴァ』だ。恋人なんだろ? 可愛いじゃないか。ソ連伝統の督戦隊や懲罰大隊を単機で振り切り、命を張って男を追ってくるなんて。――私にはとてもそんな勇気はないよ」

「え?」

エレーナ?

エレーナと言ったか? 今。

「キミは何を聞いている。命令は『チェルミナートルの目の前まで丸腰で歩いていき、愛しの恋人と永遠の愛を確認する』だ。黒須中尉、復唱!」

「は! 私、黒須中尉はチェルミナートルの前まで丸腰で歩き、エレーナのバカと永遠の愛を確認して参ります!」

「よろしい!」

「っぷ! あはははは!」

堪えかねたのだろう。

麻倉がオレを指差して大笑いしやがった。

宗像大尉は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「では行って来い! ロミオ。――黒須中尉、本日只今を持って作戦開始だ! 今日こそジュリエットに告白して来い!」

「黒須中尉、了解!」

雷が落ちぬうちに、急いでその場を離れるオレ。

そんなオレの背中に、麻倉の興味津々な声が聞こえる。

「――宗像大尉、本当にその方は黒須中尉の恋人なんですか?」

◇◇◇

帝国軍の取り囲むソ連の戦術機。

Su-37UB チェルミナートル。

そしてその中に――。

その中に、エレーナのバカがいるのか?

いや、いるのだろう。

いるに違いない。

◇◇◇

オレは帝国軍の連中からあからさまな好奇の視線を向けられつつも、作戦ポイント――告白場所だ! ――に到着する。

オレの目の前には鋼鉄の巨人、Su-37UB チェルミナートルの姿があった。

弾痕の痕も生々しいその姿。

今からやろうとする行為とのギャップが、余計にオレを躊躇させる。

そうさ。

命令は実行しなければならない。

――それが夕呼先生との契約なのだから。

――でも、どうする!?

――大声で叫ぶのか?

――マジで!?

周囲には帝国軍が展開している。

――オレって、晒し者!?

オレがどうしようかと考えあぐねていたときだ。

『イサミちゃん!!』

耳が痛い。

外部スピーカー。

しかも大音量だった。

しかも何処かで聞いたような、それでいて懐かしい声がした。

本当に、エレーナの声!

『イサミちゃん、イサミちゃん!! 迎えに来てくれたんだ!! 今行くね!!』

もう、欠片の疑いなくエレーナの声だと信じることができる。

その流暢な日本語。

エレーナが次々と放つ、かなり恥ずかしい言葉の数々が容赦なく周囲に響き渡っていた。

『いま、そっちに行くから!』

言うが早いか、

チェルミナートルのハッチが開く――。

取り払われるヘルメット。

零れ、溢れる豊かな銀の髪。

冬の日差しが、銀の輝きを帯びた。

「やっぱり生きてた! イサミちゃん!!」

オレを呼ぶ、耳に焼きついて離れないこの声は――。

ああ、これは、これこそは――。

なぜかオレは涙を――。

「エレーナ!!」

ほとんど無意識だった。

いや、他にかける言葉はないだろう。

エレーナの名を呼ぶ意外、他に手があるものか。

オレたちの間にはその他諸々の言葉なんて必要ないはずだ!

そうだろ?! エレーナ!!

「イサミちゃん!!」

エレーナが両手を広げて飛び降りてきた。

強化装備に身をまとったエレーナが宙を舞う。

オレはそれを救い上げるようにして受け止めて。

あ――。

エレーナの唇がオレのそれを捉え、重なった。

永遠とも思えるその一瞬。

飛び離れて、器用な体さばきで地面に降り立つエレーナを見る。

感心しているオレに、再び飛びつく。

「イサミちゃん! 迎えに来てくれたんだね! わたし、イサミちゃんが必ず迎えに来てくれるって、信じてたよ!!」

抱きつきながら、そんなことを言うエレーナ。

「わたし、ホントにホントに信じてたんだから!!」

オレはそのエレーナのオレに対する信頼に胸が熱くなった。

まさにオレの知るエレーナそのものといって良い。

まぁ、当然といえば当然なんだけど。

「エレーナ。エレーナなのか?」

一瞬だけ、心細くなったので聞いてみた。

「へ? あったり前じゃん! イサミちゃん! あはは! 頭でも打った?」

◇◇◇

「――黒須です。宗像大尉、エレーナを確保しました」

『そうか。チェルミナートルは自力で横浜基地まで飛べそうか?』

「ちょっと待ってください」

『了解』

オレは傍らに立つエレーナに聞いた。

「なあ、エレーナ。この機体を横浜まで持って行く。飛んでいけそうか?」

「飛べるけど、燃料が足りないかも。途中の戦闘でかなりロスしちゃった」

「黒須です。宗像大尉?」

『宗像だ』

「燃料が足りないそうです」

『補給させる。補給は帝国軍に任せて、キミ達はチェルミナートルに乗り込み、機体のチェックをするんだ』

「え? 二人ともですか?」

『複座なんだよ、その戦術機は。定員は二名だ。キミ達は久し振りの再会なんだ。帝国の空を満喫したまえ。――私からのちょっとしたサプライズ――そう思ってくれて構わない』

◇◇◇

地球の空は人類のものではない。

――宗像大尉が言っていた。

それでも、一月ほど前に存在した佐渡島ハイヴの消滅以降、このあたりの空は光線級の脅威が薄れ今では平静を取り戻していると言う。

まったく実感がわかない。

大空は人類のもの――そういう感覚さえ希薄だ。

自由に飛べて当たり前。

そうに決まっていたのが、オレの世界の『常識』なのだから――。

第三章

オレはエレーナともにSu―37UB チェルミナートルに搭乗していた。

特に何をするわけでもない。

操縦は全て、エレーナが行っている。

操縦席でやることはと言えば、エレーナの独り言にも似た、オレ、黒須勇海に向けられているであろう愛の独白を聞くだけ。

そしてその言葉は、オレの記憶と重なって時々妙な気分にさせる。

どうしても、オレの知るエレーナと、ここでのエレーナが被ってしまうんだ――。

「イサミちゃん、私あのね、イサミちゃんが死んじゃったと思ってた。だってだって、あんなに血がいっぱい出てたし、もう駄目なんだ、なんて勝手に思っちゃって、わんわん泣くだけで、何もできなかったんだ。ごめんね、ごめん。本当にごめんなさい」

何を言っている? お前はだれに謝っているんだよ。

「イサミちゃん――好きだよ。好き。だから、もう、わたしから離れていかないで――ホントに、愛してるの――」

それは、オレの記憶では聞いたことがないエレーナの秘めたる想いのはずの言葉だった。

「だから――もう二度と、わたしを置いて、どこかに行ったりしないで。お願いだから……」

エレーナが弱さを見せている。

そんなエレーナをオレはおそらく見たことがない。

でもきっと、コレが本当のエレーナの気持ちなのだろう。

どんなに明るく振舞っているように見えても、どんなにバカやってるように見えても。

気持ちの根底では、こう思っていたに違いない――。

オレは、そんなエレーナに、何をしてやれた? ――正面から向き合って来たか?

――そう考えると、このエレーナの紡ぐ言葉の数々をオレが受け取る資格など到底無いように思えた。

――よくよく考えれば、この世界のエレーナがオレに好意を寄せていない可能性も大いにあったのだから。

◇◇◇

――夕食後。

オレは今日も夕呼先生に呼ばれていた。

「一体どういうことですか。どうしてこの世界のエレーナがオレを知っているんです? まして、どうしてあのような――恋人に対するかのような態度をとるのですか」

「ああ、それね。いいわ。教えてあげるから聞きなさい」

「――この世界の黒須勇海中尉は、とある任務でソ連軍に潜入していたわ」

「宗像大尉から少し聞いたような気がします。ですが、そんなことが可能なのですか」

「できるわよ。しかも合法的に」

「これ、当時のプラウダのフィルムよ」

「見て御覧なさい。ここに『我らが革命に勝利あれ! 日本帝国より英雄来る。わが革命精神に同調した同志――』ってあるのわかる?」

オレはその映像を見たが、謎の文字が躍っているようにしか見えない。

「読めるわけないじゃないですか」

「そ。あなた――見た目どおり学がないのね」

「どういう意味ですか!」

「バカね、そのままの意味よ。ま、そんな事はどうでも良くて、亡命って言ったでしょ?」

「日本――西側からの亡命――ま、まさかオレ、この世界のオレはソ連に亡命を!?」

「そう。ソ連に帰国した愛する女性を追って行ったの。――国も家族も、地位も名誉も何もかも捨ててね。カッコいいでしょ? この世界のあなた。なかなか出来ることじゃないわ。――彼が亡命を決意したのは、先の11月の初め頃だったわ」

「ソ連に帰国――って、その女性が――。その、エレーナなんですね。そうか。この世界のオレは、エレーナの保護者であり続けようとしたんだ。ずっとずっと一緒、って約束、果たしたんですね」

「あら。あなたたち、そんな約束してたの? 純情よねー。昔からそうだったの?」

◇◇◇

♪おおきな ふくろを かたにかけ だいこくさまが きかかると
ここに いなばの しろうさぎ かわを むかれて あかはだか

♪だいこくさまは あわれがり きれいなみずに みをあらい
がまのほわたに くるまれと よくよく おしえてやりました

♪だいこくさまの いうとおり きれいなみずに みをあらい
がまのほわたに くるまれば うさぎは もとの しろうさぎ

♪だいこくさまは だれだろう おおくにぬしの みこととて
くにをひらきて よのひとを たすけなされた かみさまよ

(大黒様 作詞 石原和三郎 著作権の切れた作品)

(エレーナ)「なぁに? そのおうた?」

(イサミ)「おまえしらないのかー!? だいこくさまだよ、だいこくさま!」

(エレーナ)「だいこくさま~?」

(イサミ)「おかあさんにおしえてもらったんだ」

(エレーナ)「いいなー。わたしのおかあさん、いっつもいそがしいんだー。いつもおうちにいないの」

(イサミ)「えー!? そうなのか!? じゃあ、おとうさんは?」

(エレーナ)「おとうさんもいないー。おとうさん、めったにおうちかえってこないんだー」

(イサミ)「じゃあ、おまえいっつもひとりなのか?」

(エレーナ)「わたし……ひとり? ひとりなのかな? ひとり……ひ……と……うわわわわわーーん!」

(イサミ)「なくな! おとこだろ! おとこはないちゃいけないんだぞ!」

(エレーナ)「う……う……ぐすん、わたしおんなのこだよー」

(イサミ)「どっちでもいいから、なくな!」

(エレーナ)「うわーん」

(イサミ)「なくなってば! なくなよ! ……そうだ! いいことおもいつた!」

(エレーナ)「……ぐすん……え?」

(イサミ)「オレがおまえのともだちになってやるよ! これから、ずっとずっと、ずーーーと、いっしょだからな! これでさびしくなんかないだろ?!」

(エレーナ)「……」

(イサミ)「うれしくないのかよ!」

(エレーナ)「うれしい、うれしい!」

(イサミ)「オレ、くろすいさみ。おまえは?」

(エレーナ)「くろすいさみ……。わたし、まりーな。まりーな!」

(イサミ)「まりーな? じゃあ、まりーな! きょうからオレとおまえはともだちだ。いいな!」

(エレーナ)「うん!」

◇◇◇

「黒須。想い出に浸るのは構わないけど、あとにしてくれないかしら」

「すみませんでした。先生」

「じゃ、続けるわ。ま、それは表向きの理由。――本当はね、黒須はとある任務を受けてソ連にもぐりこんだのよ。エレーナの件は言わば後付の理由に過ぎないわ。――で、亡命して、正体もばれず、エレーナとも巧くやっていたっぽい黒須なんだけど、なんだか最近死んじゃったみたいなのよね」

ドクン――。

心臓が跳ねた。

この世界のオレが、死んだ!?

「ええ!? ど、どうしてです!」

「それを聞いて意味があるの? あなたはもう、ここにいるのよ? あなたの恋人、エレーナの傍に」

「え?」

「あなた、エレーナを悲しませる気? きっと泣いちゃうわよねー、あの子。純情で初心みたいだからさぁ」

「そ、それはもちろん、そんなことオレは嫌です――その、エレーナが泣くだなんて。見たくもない。――でも、オレが夕呼先生のスパイだったてことをエレーナは――」

「知るわけないでしょ。さっきも言ったとおり、そんなこと知ったら、エレーナ泣くわよ?」

当然の事のように夕呼先生に指摘された。

「それもそうですよね。オレは黙っておきます」

「ええ、そうしてちょうだい。――もしばれたとしても、エレーナの為にそうしたとでも言っておきなさい。少しはマシでしょ。恋は盲目、って言うぐらいだからね」

「はい。わかりました」

「そういうことだから、あなたが死んだ件に関する詳細も教えない。黒須が受けていた任務の内容についても、そう。――あなたがそのことについて知識として知らないなら、エレーナに話しようがないしね」

「わかりました。――そうします」

「ええ。それがあなたとエレーナ、お互いのためよ」

「はい」

「で、本題。ここからはあなた自身にかかわることよ。――さっきも言ったとおり、あなた、いえ、この世界の黒須勇海は、国連軍衛士という軍籍にありながら、この日本帝国からその仮想敵国であるソ連に亡命したの。このとき、あなたは国連軍の戦術機も持ち出しているわ。当時の帝国の主力である89式戦術機、陽炎を持ってね。そして、この機体は西側の最新鋭技術をもちいて、何度も何度も改修が施されていた――わかる? この事実」

「――いいえ。よくはわかりません」

とは言いつつも、これがただ事ではすまないことであることぐらいオレにだってわかる。

「そうでしょうね。まぁ、教えてあげるからありがたく聞きなさい。あなたは日本帝国の、いいえ西側陣営の最新技術の数々を仮想敵である東側に売った売国奴なのよ」

「な……そんな売国奴だなんて古い言い回し――」

夕呼先生の意外な顔。

「あら。あなたの世界って、本当に平和だったのね」

「う。それはそうですけど」

「まぁいいわ。あのね、そういうわけだから。黒須。あなた、日本帝国では東側の女スパイの色香に惑わされて国を捨てた売国奴、ソ連からは二重スパイ、その他、世界各国の諜報機関からは国家機密を売った特A級の危険人物としてマークされてるわ。あなたが今、暢気に私と話をしていられるのは、私の強い影響下にあるからこそなのよ。あなたがこのことを忘れたら最後、即、消されるわ。 ――そこのところ、勘違いしないでおいてね」

淡々と話す夕呼先生が怖い。

――私に逆らうと殺す――先生はそう遠まわしに言っているのだ。

「じゃあ、じゃあ、今日オレが帝国軍の連中から受けた冷たい仕打ちは――」

「そうよ? もともとあなたの身から出た錆。あなた自身が原因よ。――そして、日本国民のおそらく8割があなたを憎んでるか、殺したいと思ってるわ」

「……。念のために、残りの2割の人は――」

「そもそもそんなことに興味がないだけの人。――この人たちにもあなたが嫌われてるのは、間違いないでしょうね」

一つの疑問が過ぎる――聞いてもいいのだろうか。

いや、聞いておこう。

――精神の安定のためにも。

「あ、あの、根本的な疑問なんですけど、そんな背景のあるオレをどうして夕呼先生は匿ってくれてるんです?」

「決まってるじゃない、黒須。――この私にとって、あなたに利用価値があるからよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。当然じゃないの。――それとも何、あなたの世界のあたしはそうじゃなかったの? 慈善事業でもやってる甘ちゃんだったわけ?」

――先生のおっしゃるとおりの方でした。ハイ。

「いえ、この世界の先生と同じです」

「へぇー。さすがあたしね。――よくわかってるじゃない」

「わかったら、これで話は終わりよ」

「わかりました。先生」

◇◇◇

社の姿が目に入った。

特に考えず、そちらに足を向ける。

そうしたらさ、社が言うんだ。

「――黒須さん。――いっぱい、いっぱい、辛いこと、苦しいこと。そして悲しいこと――ありましたね」

って。

――オレは泣いたよ。

びっくりして驚く社の胸にに縋り付いて、涙を流してた。

気がつけば、社がオレの背中をまるで幼子を思う母親のように撫でていてくれた。

そう、オレは涙枯れるまで泣いたよ。

――この世界にオレの居場所はここだけだ――。

そしてオレは元の世界に帰れない。

地球滅亡の危機にあるこの世界で、信じられるものはただの一つもない。

右も左もわからないこの世界で、本当に頼れるものは一つもない。

何かを隠している夕呼先生。

何を考えているかわからない宗像大尉。

初対面のオレに永遠の愛を語りだすエレーナ。

そして、あろうことか、自分自身ですら疑わしい。

オレにはまったく自覚がないのに、売国奴、非国民、裏切り者よ、と口々に罵られるオレ。

ただでさえ宇宙人と戦争をしているのに、味方であるはずの人類側から暗殺の危険すらあると言う。

もう、なにがなんだかわからない。

オレは、オレは――。

「――黒須さん、私はいつもあなたを見ていました」

「――黒須さん、あなたは強い人です」

「――黒須さん、あなたは優しい人です」

「――黒須さん、あなたは素晴らしい人なんです」

オレは面を上げ、社の顔を見た。

社からは、涙と鼻水にまみれたみっともない男の顔が見えるに違いなかった。

でも。

――でも。

それなのに社は。

「――だから私、あなたの事――嫌いじゃないです――黒須さん」

と、――言ってきたんだ。

◇◇◇

2002年 1月 18日 金曜日

「エレーナ・ストレリツォーヴァ少尉、本日只今をもって国連太平洋方面第11軍、横浜基地所属、特殊任務部隊A-01連隊、第9中隊に着任します! よろしくね!」

◇◇◇

「黒須中尉、ちょっと顔を貸せ」

「え?! ――宗像大尉?」

「この私が誘っているのだ。――それともキミは嬉しくないのか?」

「え? え?!」

「何を真に受けている。――冗談に決まっているだろう。おめでたいやつだ」

「――あはは」

なんだってんだ?

「悪かった。キミは純粋なのだな。――私はそんなお前が羨ましい」

――え?

「黒須」

いきなり耳元に息を吹きかけられ、ゾッとする。

「副指令より伝言だ。――ロシア人から目を離すな。『これはあなたの管轄よ』――だ、そうだ。――よかったな? 黒須」

「……」

「いい返事だ。黒須中尉。頼んだぞ」

は?

エレーナから目を離すな?

アイツは幼稚園児か?

いや、きっとそんなことじゃないんだろう。

これは、オレが先生と約束した「協力」の一つに違いないんだ。

しかし、なんでまたエレーナなんだ?

まあ、いいか。

アイツの扱いなら心得ている、というか体に染み付いている。

特に問題があるとは思えなかった。

「では、たしかにキミに伝えたぞ」

「はい」

◇◇◇

まずは――ま、誘ってやるか。

ああもいわれた事だしな。

「エレーナ! PXに行こうか。場所、覚えたか?」

「うんうん! いこういこう!」

エレーナの返事に表裏などまったく感じられない。

この世界の連中が持っているある種独特の悲壮感の欠片もなかった。

それが、逆に不安にさせなくもなかったが。

ま、いいか。

エレーナはどこでもいつでも、こう明るくないとな。

「麻倉、何ボーっとしてる。メシ行くぞ!」

「は、はい!」

◇◇◇

「ああ、麻倉少尉、久しぶりだねぇ。元気してたかい?」

「はい、ありがとうございます京塚軍曹」

「そうかいそうかい。じゃあ、今までの分もしっかり食べていかないとね!」

「あはは」

硬いな。

硬い。

麻倉、凄く緊張してる。

それに引き換え、後ろのバカは――。

「イサミちゃん、いい匂いがするよ」

「当たり前だ。食堂だからな」

「え?! そうなの!?」

「お前にはどう見えているんだ、この場所が! どのように!」

京塚のおばちゃんがエレーナを認めたようだ。

「ね、黒須中尉。後ろの銀の髪の美人さんは、ほら、テレビでもやってたあんたのアレかい?」

どうして小声になるんだよ!?

「わたし美人? 美人かな!?」

ちゃっかり都合のいいところだけ聞こえてるし。

「おばちゃん、エレーナに全部聞こえてるよ。エレーナの奴、日本語はペラペラなんだ。寧ろ、ロシア語のほうが怪しいくらいなんだよ」

オレがそういうと、あからさまにおばちゃんが息を撫で下ろした。

そしてバンバンと叩かれるオレの背中。

「なーんだ、ソビエトから来たって言うから、てっきりロシア語しか話せないと思ってたよ! これで安心だ! わはは!」

「おばちゃん、さっきからエレーナは日本語を話してたよ」

「なーに言っているんだい。男は細かい事は気にしないものなんだよ! まったく、小さいねぇ、黒須中尉も! わはは!」

なんだそりゃ。

「あんな美人さん、離しちゃダメだよ? 黒須中尉! 恋人を追って敵陣超えてくるなんて、並みの根性じゃ出来ないんだからね!」

「おばちゃん、皆聞いてる、聞き耳立ててるじゃないか!」

「なーに言ってんだい、当たり前じゃないか。時の人だもの。みんな聞きたいに決まってる! もっと堂々とするんだね、黒須中尉!」

「ちぇ、わかったよ。おばちゃんには、かなわないな」

わはは!

「エレーナちゃんだっけ、日本食は大丈夫なのかい? とはいっても、日本食しか出せないけどね!」

「わたし、日本にずーっと住んでたから、むしろ日本食がいいなぁ」

「なんだ。そうだったのかい。じゃあ、今日もたくさん食べておくれよ?」

「うんうん、ありがとう!」

◇◇◇

メニューは純和風。

色は茶色。味噌味! と、いったところだろう。

鯖味噌定食、と書いてあったっけ。「わたし、久しぶりの日本食だよう。何年ぶりかなぁ」

「ん? そうなのか?」

「うんうん! あっちの食べ物も美味しいけれど、日本の味がいっつも懐かしかったんだー」

エレーナはガツガツ食っていた。

箸を日本人以上に器用に使っている。

「うらやましいなぁ。イサミちゃんは、こんな美味しいもの毎日食べてたんだもの」

いや、超マズイんだが……合成食料とかいったか? コレ。

これならコンビニ弁当のほうが数倍美味いぞ。

まぁ、それはそうと。口の周りに米粒がついているぞ。エレーナ。

オレは視線を感じ、そちらを見た。

麻倉がオレたちを眺めていた。

ん?

「どうした麻倉、食べないのか?」

麻倉が目に見えて慌ている。

なんだなんだ?

「おいおい、どうしたんだよ」

「いえ、本当に――恋人同士だったんですね、お二人は」

「へ?」

と、オレ。

「そうだよ?」

と、エレーナ。

ん?

……。

エレーナ? お前、今なんと……?

「好きな人と一緒に居られるなんて、このご時勢で、贅沢な事はわかってるんです。黒須さんたちは国すら引き裂かれて。でも、二人の愛のために命がけで亡命までしてくるなんて……私には、そんな勇気とてもない」

いや、オレにもないから安心しろ、麻倉。

「私にも好きな人がいたんですけど、佐渡島で……死んじゃったって……」

まずい。

なにがまずいって、麻倉よりも周囲の空気がまずい。

下手に注目を浴びていたのがいけなかった。

――どうする?

オレたちがどうにかするのはダメだ。

全く説得力がないばかりか、逆に反感を増してしまうだろう。

くそ、誰かいないか、誰か――。

「何をしている、黒須。妙な格好をするのがお前の趣味なのか? ――こんな趣味を持つ彼氏を持つと大変だな、ストレリツォーヴァ少尉。あ、この場所構わないだろうな? ん? ――なんだ。麻倉も居たのか。暗いから見えなかったぞ」

!?

宗像大尉! あんた、何てこと言うんだ。

ほら、言わんこっちゃない、麻倉の奴、出て行ってしまったじゃないか。

「おい、あさく……」

「放って置け、バカ者。追いかけたところで、キミには何も出来ない。そうだろう? 悔しいが、これは麻倉自身の問題だ」

「それはそうですが、大尉」

「じゃあ何か、黒須。キミはエレーナ嬢を抱いたその手で麻倉の髪を梳かしてやり、寝物語を語りつつ慰めてやるのか?」

「な、ななな何を……!?」

「出来まい。――なら、止めておけ。この前も言っただろう。茜が戻るまでは打つ手無しだ、と」

無力だ。――でも、いろいろな意味で宗像大尉に助けられた。そんな気がする。

こういうことはやはり、宗像大尉のほうが一枚も二枚も上手なのかもしれないな。

「ところで――キミとエレーナ嬢は本当はどんな仲なんだ? 私にこっそり教えてくれないか?」

第四章

2002年 1月 19日 土曜日

「黒須中尉、聞きましたか? 茜が――涼宮少尉が明日、隊に復帰することになりました」

麻倉、どうしたんだ、オレにそんなこと。

――ああ、それもそうか。

エレーナは論外、他に話す者もいない。

同僚はオレだけ、つまり、喜びを分かち合う人間もいない、か。

――ここは麻倉の期待に応えてやろう。

まぁ明日、涼宮に本物の幽霊として今度こそ撃たれる可能性はあるけれど。

オレは勤めて優しい声を出す。

「良かったじゃないか。君たちは同期なんだろ?」

優しい声が功を制したようで、麻倉の表情が和らいだかに見えた。

「そうなんです! ……わたし、つい嬉しくて、さっきは京塚軍曹にもこのことを……」

「そうか。あと喜びそうなのは……そうだな、社なんかどうだ?」

「え?」

「社さん? あの、社さんですか?」

「ああ。無表情で、ボソッとしか答えないかもだが、それが社が喜んでいる証拠なんだ」

「あ、そうなんですね。出会ったら話してみようかな」

「ああ、教えてやると良い」

「はい、そうしますね!」

「あとはやっぱりエレーナだろうな」

「え? でも……」

「あいつは話し相手が増えるだけで喜ぶ単純な奴だ」

「なるほど、ちょっと納得です」

「ああ」

「――私、黒須中尉を誤解していたのかもしれません」

ちょっと調子に乗りすぎたかもだな。

この辺で掌を少し返しておくか。

「いや。それは間違ってない。オレが国を売り、皆を見捨てて異国の地に渡った事は事実だ」

「もう、隠さなくても良いです。任務だったと茜に聞きました」

それは初耳だ。

「涼宮がそんなことを?」

「はい。副指令から出される単独任務を成功させ、無事に帰還した、と」

麻倉のオレを見る目が眩しい。

止めてくれ。

――本気でオレはそんな人間じゃないって。

◇◇◇

2002年 1月 20日 日曜日

ブリーフィングルームには、オレを除くほぼ全員が集合していた。

あれ? 涼宮。

「あ、黒須」

「よう、涼宮、その、怪我治ったのか?」

麻倉の隣でなにやら話していた涼宮は、オレに気づくと近づいてきた。

「ありがとう。おかげさまで。そんなことよりこの前はごめんなさい。君、副指令直々の特別任務の帰りだったのでしょう?」

そう、説明されたらしい。あるいは、そう思い込んでいるのか。

この前はこいつのせいで酷い目に会ったが、どちらにしても好都合かも。

「いや、涼宮。こっちこそ誤解を招くような素振りをしてすまなかった。謝るよ」

神妙な涼宮にオレは軽く頭を下げた。

「いえ、君は戦死したと聞かされていたから、もう驚いちゃって」

「あはは。そ、それはえらく驚いただろうな――それでもう、怪我はいいのか?」

「あれから半月は経つからね。もうすっかりいいよ」

「そうか。これからよろしくな」

「こちらこそ。って、黒須、君は印象変わったよね。だいぶ角が取れたと言うか、丸くなったって言うか。言葉遣いもなんだか妙だし」

涼宮が笑みを向けてきた。

「黒須は私の上官なのに、こうしてタメ口で話しても何にも言わないし」

――コイツ、涼宮にはそう見えるらしい。

「やっぱり茜もそう思う?」

「絶対思う。だって、黒須と言えば、ソ連へ愛の逃避行する前は近寄りがたかったし。もっと硬いイメージ? 違ったっけ?」

「違わない違わない」

へー。

黒須勇海って、お堅い人間だったのかな。

自分の事なのに、ちょっと意外だ。

「キミ達、そろそろ良いだろうか。茜の紹介はもういらないようだな。復帰の挨拶も省略だ。早速今日の予定に移る」

宗像大尉だだ。

話しかける頃合を見ていたのだろう。

つくづく気配りの方だな。

ああ見えて、かなり繊細なのだろう。

涼宮が不満の声を上げていた。

「茜、どうした」

「どうしたって……」

「冗談だ。涼宮茜少尉。よく帰ってきたな。その、遙のことは残念だった。彼女はコマンドポスト将校として、そして隊の潤滑油として、なくてはならない存在だった。――出来ることなら、私も補佐してほしかったというのが正直な本音だ。だが、遙は先に逝ってしまった。残された私達には、遙の意思を継ぐ義務がある。志半ばで散った、遙の無念を晴らす義務があるのだ。

いいか! キミたちにも言っておく。

無念の怒りなら、自分の無力さを呪え! 失った悲しみは、憎きBETAへの闘志に変えろ!

遙だけではない。一連の戦いに継ぐ戦いで、我々は多くの仲間を失った。

我々は今、部隊の再編中だ。必ず我々の出番は来る。そのときまでその闘志を取っておけ!

――黒須!」

「は! イスミ・ヴァルキリーズ、復唱!」

「死力を尽くして任務にあたれ!」

「「「死力を尽くして任務にあたれ!」」」

「生ある限り最善を尽くせ!」

「「「生ある限り最善を尽くせ!」」」

「決して犬死にするな!」

「「「決して犬死にするな!」」」

ああ、思えばまりもちゃんも似たようなこと言ってたっけ。

そういえば、この世界にまりもちゃんいないよな。

――どこで何をしているんだろう?

◇◇◇

「黒須、今の動き……アレは一体……!」

ん?

涼宮はオレの挙動に一々驚いてくれるが、オレにはどの操作の事を言われてるのか見当もつかない。

説明してやりたいが、オレには無理だ。

だから、はっきり言ってやることにする。

「アレって何の事だかわからないな。オレはいたって普通にやっていたつもりだけど」

オレのその言葉を聞くなり、皆の顔が固まった。

「はぁ? 黒須、キミは何を言ってるんだ? わからない、って、そんなことあるわけないじゃない!」

早速、涼宮が噛み付いてきた。

「そうですよ、説明してくれたって良いじゃないですか」

麻倉も食い下がる。

「キミの挙動は確かに不可解だった。――茜、どう思う?」

宗像大尉が謎の問いを涼宮に送る。

涼宮は言うまでもない、とさも当然と言った表情でとんでもないことを口にしてくれた。

「決まっているじゃないですか、宗像大尉。戦術機にあんな出鱈目な動きをさせるのは、後にも先にも白銀しかいなかった。さっきの黒須の動き、それに輪をかけてワケがわかりませんでした」

白銀?

「やはりそう見るのが自然か――。なぁ黒須、キミは白銀少尉を知っているだろう? その技は白銀から学ぶなり盗むなりしたものだろう? ――知っているよな? 黒須。答えろ。あのバカは今、どこで油を売っている?」

白銀の居場所なんかし知らな――え? 白銀だと?

あいつがこの世界に?

「最近は会ってませんよ。ここ一週間は会っていません」

――オレは、「正直に」答えた。

「なに? やはりどこかにいるのか、あの男は――」

ん? 変な誤解をさせたような気もする。

オレは白銀の顔を、ここ一週間見てない。

だって、「オレがオレの世界の学校に登校していない」からだ。

ここの世界じゃ、学校の代わりに軍事基地が建設されてたし?

でも、この世界にも白銀が居るのか。

「――もしかして、アイツはまた『夕呼先生の特務』とやらに出かけているのか? ――そうなんだな? 黒須」

「え? それは――」

「ああ、いい、もういいぞ、黒須。言わなくていい。Need to know.と言う奴だろう? キミには知る権利はあるが、私達にはその情報に触れる必要がない、そう副指令が判断されているんだろう。大方そんなことだろうと思っていたよ」

「やっぱりそんなトコですよね、宗像大尉」

「ああ。だろうな」

「あの、その白銀少尉って、桜花作戦の生き残り――」

「ああ。そう聞いている。そうなんだろ? 茜」

「はい、宗像大尉。白銀は戻ってきましたよ。ぅう、その、……社と二人で。私、見てました。いえ、とても見ちゃいられなかった。だって白銀、鑑の亡骸をあんな大事そうに腕に抱えて――まるで大切な宝物を守るように、そっと――」

――夕呼先生につれられて入った閉鎖区画内にあった青いシリンダーの中に浮かぶ鑑を思い出す。

でも、アレこそ夢で――?

あれ? あの出来事は夢なのか?

よく思い出せない。

だけど、白銀や鑑にかかわる一連の事は、皆の態度から考えても、なんだか重要なことであるかのように思われた。

――どういうことなんだろう――。

夕呼先生が皆に伏せていること。

それが重大な意味を持っているような気がしてならない。

◇◇◇

「白銀武、鑑純夏。――この世界にいるんですか?」

「いきなり何? 黒須。――白銀はともかく、鑑ならこの前会わせてあげたじゃない。なに、また会いたいの?」

夕呼先生はさも面倒そうに言った。

青いシリンダーの中の鑑。

――あれはやはり夢でなかった。

では、白銀は?

あいつはこの世界にいるのだろうか?

「いえ、そうではなくて。鑑はそうでしょうけど、白銀はいるんですか?」

「最近見てないわね。ね、社?」

「……はい」

社がぼそりとこぼす。

よくわからない返事だ。

――少なくとも、白銀武と言う名の存在はいるわけだ。

だが、今もいるかと問われれば、疑問だ。

「まあ、気にしても無駄だと思うけど? 一応、調べておくわ」

「はい、お願いします」

第五章

2002年 1月 21日 月曜日

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

「……えい」

掛け布団が剥がされた。

オレは目を開ける。

――それは社だった。

「……おはようございます、黒須さん」

「社。――起こしてくれてありがとう」

「……(こくり)」

社が頷く。

「……黒須さん、格納庫で香月博士が呼んでます」

「夕呼先生が?」

◇◇◇

格納庫。

エレーナはオレに先駆けてこの場所に来ていたようだ。

オレの顔を見るなり、なにが楽しいのかいきなり噛み付いてくる。

「イサミちゃん、おーそーいー!!」

うるせぇよ、エレーナ。

ああ、寝起きに響く響く。

「黒須、来たわね?」

「はい」

「任務よ。あなたは今からエレーナと一緒にこのチェルミナートルに乗りなさい。帝都に行ってもらうわ」

帝都――ああ、東京の事だっけ。

「やったー! イサミちゃんと帝都観光だー!」

「残念ね、エレーナ。そんな時間はないから。それに、私の予想では、きっと面白いことになるわ」

「面白いこと?」

「データを送ったわ。確認してちょうだい」

オレはデータを解凍して確認する。

「ここ、これ斯衛軍の基地……。ですか? 斯衛軍ってたしか、親衛隊みたいな――」

「そうよ。将軍殿下の警護が主なお仕事ね。ここの装備と人員を接収するの。話はついているわ。他ならぬ征威大将軍、煌武院悠陽殿下のお墨付きよ」

「ところで、エレーナの機体、チェルミナートルですけど修理は終わってるのですか? 随分と早いですね」

「修理? そんなことするはずないじゃない。修理しようにも、あれは東側の機体だからここじゃ出来ないわよ」

「え!?」

「大丈夫よ。まだ、飛べるから。そのあたり西側の機体より頑丈よね」

――いい加減といいますか、適当といいますか。

オレは本気で家に帰りたくなった。

◇◇◇

斯衛軍の対応は、いたって事務的。

無理やりにでも事務的に事を運ぼうとも見て取れた。

目の前の年配の大尉もその一人だった。

「黒須中尉。この二人が今度からそちらで世話になる月環咲夜中尉と北條鋼中尉だ」

大尉はそう言って、オレに二人の衛士を紹介して――って、ええ? どういうことだ!?

腰まである見事な黒髪の、人形めいた怜悧な美貌。

間違うわけがない。咲夜だ。

それに、いまやごま塩となった白髪交じりの髪。

厳しい目線の男。鋼のおっちゃん。

「さ、咲夜……それに鋼のおっちゃん?」

大尉が意外な顔をする。

「クロス……イサミ!?」

咲夜の方も思い当たる節があるのか、衝撃を受けていたようだ。

「――黒須勇海? ――本当に? あのクロスイサミ!? これはなんと言う運命か。こんな偶然があってなるものか。ああ、イサミ! 私を覚えていないか! 私はサクヤだ。月環咲夜。幼少のみぎり、共に時間を過ごしたのを覚えてはいまいか」

「当然覚えているよ。咲夜」

この世界でどうだったのかはさっぱりだけどな、咲夜。

「この者を知っておいでなのですか? 咲夜様」

「知らぬもなにも、幼少の折よりかくも自由など許されぬ私の身の上にあって、ほぼ唯一ともいえる自由な時を過ごせたあの頃、そのようなときに知り合い、共に遊んだのがクロスイサミ、この者だ。それが、新たな門出たる今になって私の元に現れ、あまつさえこの私のことを覚えているという。これが運命でなくしてあろうものか。どうして運命で無いといえよう」

「咲夜様、しかしこの者は――。黒須中尉。貴殿に一つ確認する。貴殿は、国連軍所属のあの黒須勇海中尉なのだな!? 本人だ、とそう申されるのだな!?」

まあ、そういうことになってる。

そして、鋼のおっちゃんが何を言いたいか――黒須勇海は売国奴――そういうことだ。

「はい。北條中尉。オレはかつてソビエト連邦に帝国の財産を持って亡命し、こうして再び臆面も無く帝国の地に足をつけている――あなたが想像する通りの黒須勇海という人物に他なりません」

「貴様、よくも我々の前でそうも易々と囀ってくれる! この売国奴め!」

「北條中尉――!」

「失礼しました」

すかさず大尉が制し、素直に引き下がった鋼のおっちゃん。

咲夜も鋼のおっちゃんを咎めていた。

「い、今の話、誠ではあるまい。――いや、あの横浜の女狐のこと、額面どおり受け取るのがバカだということ。よもや、思い当たらぬのか? 鋼」

「事実は変わりませぬ。咲夜様」

「そうではあろうが、真実は一つであろう? 少なくとも私は、私の予想が真実であると信じているがな」

「お言葉ながら、それは咲夜様の思い違いにございます。事実から目を背けてはなりませぬ!」

鋼のおっちゃんは見かねたのだろう。

大尉が口を挟んだ。

「いい加減にしないか」

「「は!」」

「失礼しました、黒須中尉」

「いえ。全ては身から出た錆ですので」

「――では、そろそろ引渡し品のチェックに――」

大尉がオレに次を促した。

◇◇◇

(イサミ)「おまえ、バカだなー」

(サクヤ)「?」

(イサミ)「おまえ、どうしていつもひとりなんだー?」

(サクヤ)「わからない」

(イサミ)「おまえ、どうしていつもみんなとあそばないんだー?」

(サクヤ)「わからない」

(イサミ)「おまえ――」

(サクヤ)「――うるさい!」

(イサミ)「おまえ、やっぱりバカだなー」

(サクヤ)「――うるさいうるさい! うわぁああああああああああああん」

(イサミ)「なくな! おとこだろ! おとこはないちゃいけないんだぞ!」

(サクヤ)「うう、うう、うう、うう、おとこじゃないもん……」

(イサミ)「どっちでもいいから、なくな!」

(サクヤ)「うわーん」

(イサミ)「なくなってば! なくなよ! ……そうだ! いいことおもいつた!」

(サクヤ)「……うう、うう、……なに?」

(イサミ)「オレがおまえのともだちになってやるよ! これから、ずっとずっと、ずーーーと、いっしょだからな! これでおまえはもう、ひとりじゃないからな!? さびしくなんかないだろ!?」

(サクヤ)「……」

(イサミ)「うれしくないのかよ!」

(サクヤ)「……うう、うう、だって、いじめるもん」

(イサミ)「おまえ、やっぱりバカだなー」

(サクヤ)「……うう、いじめる」

(イサミ)「オレ、くろすいさみ。おまえは?」

(サクヤ)「うう、うう、うう、……」

(イサミ)「おまえ、なまえもいえないのかよ!?」

(サクヤ)「……サ……」

(イサミ)「サァ?!」

(サクヤ)「うう、うわーん! サクヤ! サクヤだよう!」

(イサミ)「サクヤ? じゃあサクヤ! きょうからオレとおまえはともだちだ。いいな!」

(サクヤ)「うわぁああああああああああああああああん、うわぁあああああああああん!」

(エレーナ)「せんせー! イサミちゃんがー! イサミちゃんがー! せんせー!!」

◇◇◇

オレの目の前に、凶悪な面構えの戦術機が二体並んでいた。

日本帝国斯衛軍が誇るTYPE-00、武御雷である。

カラーリングは山吹色と黒。

オレもよくは知らないが、譜代武家用の性能向上型であるF型と、一般兵士用のC型であるとのことだ。

「征威大将軍、煌武院悠陽殿下直々のお声がかりということもあり、多少……いや、かなりの無理はあったが武御雷を用意させてもらった」

大尉が経緯を説明してくれる。

――大尉の説明は今回の国連軍に対する斯衛軍の対応の全てが、征威大将軍のごり押しで決まった特例中の特例であることであり、例外に過ぎぬこと――それを強調しているに過ぎない。

壮大な嫌味なのかもな。

まぁ、オレにはそんな事はどうでもいいことだった。

第一、江戸時代じゃないんだ。

将軍様のご威光なんて想像しろと言うほうが無理。

ありえない。

「我が国の誇る最強の、いや、世界最強の戦術機だ。きっと人類の新たな剣となるだろう」

大尉の言葉はこの機体に対する誇りと自信に満ちていた。

「BETA。それが敵の名前でしたね――。この戦術機で、この武御雷とやらでBETAに勝てるのですか?」

「「「!?」」」

「貴様、黒須中尉! 貴様この武御雷、ひいては斯衛を愚弄する気か!!」

鋼のおっちゃんが大声を上げる。

――事情が飲み込めない。

どういうことだ?

「人類はBETAに勝たなければならない。ただ勝つだけじゃない。奴らとは話も通じない。だから、どちらかが全滅するまで戦いは終わらない――そうでしたよね?」

「ああ。その通りだ」

咲夜が何かい言いたそうな鋼のおっちゃんを制して答えた。

「だがな、イサミ。この武御雷は希望なのだ。ただの戦術機ではない。国土の半分をBETAに蹂躙され、あの忌々しいハイヴを二つも建設されながらも、われら帝国の民は西日本を奪回し、帝国に築かれた敵の橋頭堡である二つのハイヴを粉砕した。そして、かのオリジナルハイヴをも。その戦端の先頭には常にこの武御雷があったという。言わばこの武御雷は我ら帝国の民の希望であり象徴なのだ。我ら斯衛、将軍殿下の剣であると同時に帝国の民の守り手であると自負している。だから、イサミ。そなたのそのような言い方は皆の心の琴線に触れる。そなたも思うところはあろうが、自重して欲しい。頼む」

……。

オレは軽い気持ちで、戦力になるかどうかだけを考えていた。

そういう背景をまったく知らず、気にも留めようとはせず、不躾な態度を知らず知らずのうちに取っていたのだろう。

「申し訳ありませんでした。口が過ぎたようです」

だから、謝罪の言葉が素直に出てきたのだった。

「いえ、黒須中尉。――勝たねば意味がないのです。黒須中尉の言い分も至極全うなもの――だが、この基地を出るまでは、自重願いたい」

大尉が淡々と述べる。

「はい、大尉」

「備品の積み込みにかなり時間がかかる。どれだけ急がせても、15時を過ぎるだろう。――少尉は月環中尉と積もる話があるのではないか? せっかくの機会、二人で食事ついでにご歓談でも如何か? 基地前に民間の食堂がある。是非利用するといい」

――基地内をうろつくのは止めろ、責任が持てない――。

暗に表に、そう言っていた。

◇◇◇

生卵を乗せたうどんが出てきた。

月見うどん。

とはいっても、合成卵と合成麺からなる代物だ。

こればかりは食糧事情を考えればどうしようもないのだろう。

まぁ、うどんを食うのは久しぶりだ。

「私と同じものでよかったのか? イサミ」

「ああ、構わない」

「ああ、何から話せばよいものか。私は緊張しているようだ」

「そうなのか? 似合わない、というからしくないな、咲夜」

「? ――似合わない?」

そうか、この世界の黒須勇海は咲夜の事を深く知らないんだ――。

ちょっと、いや。

かなり馴れ馴れしすぎたか?

「いや、さっきの咲夜が話してたろ? そのイメージから見てそう思っただけ」

「そうか。しかし、そなたは物怖じしないな。私とそなたが会うのは十年ぶりくらいだと思うのだが、旧来の友人に対するものと代わらない。それはきっと、そなたの能力の一つなのであろうな」

「そうかな」

「ああ。少なくとも私には真似ができないものだ」

「なるほどな」

ついこの前まで顔を合わせていた相手に、厳密には別人とはいっても、早々割り切れるわけがない。

◇◇◇

「そろそろ時間だ、イサミ」

ああ、もう直ぐ約束の15時だ。

「十年来の溝は埋まったか?」

「わからない。時の長さではなく、密度であろう。想いの強さとは、そういうものだと信じたい」

咲夜が笑う。

「そうか」

本人がそういうのなら、きっとそういうことなんだ。

◇◇◇

オレと咲夜の目の前にはSu-37UB チェルミナートルが鎮座している。

傷だらけのチェルミナートル。

整備らしい整備はほとんど受けていないはずだ。

横浜基地に使える戦術機が存在しないため、この鹵獲品が仕方なく使われているに過ぎない。

エレーナは、この機体の中で丸一日お留守番だ。

不満の捌け口として、日本帝国のレーションやお菓子が多数提供されている。

今頃エレーナは操縦席でレーションに舌鼓を打っているはずだが、そろそろ味に飽きが来始めている頃だと思われた。

「イサミ、話は変わるが、私の帝国への奉公も今日で一区切りつく。帝国は、日本はBETAに勝てるであろうか?」

「勝てるさ。人類が皆で力を合わせれば」

本心からそう思う。

いや、そう思った。

このときはまだ、オレは真の絶望に包まれたこの世界の闇を知らなかったから言えた言葉に過ぎない。

「人類が、皆で?」

「ああ。日本もアメリカもソ連も、その他大勢も、みんなでだよ」

咲夜が目を見開く。

「そ、そのようなことが可能であるわけがない!!」

咲夜が大声を上げる。

基地内の人間が、ちらほらとこちらを見ていた。

「咲夜――」

いったいどうした? なぜ、そこで怒る?

「断じてありえぬ!」

「咲夜、どうした?」

「イサミ、忘れたのか? アメリカは、かの独善的な帝国主義は、私の父母を、育った街を、友を、もちろんそなたの家族も皆! あの呪わしい二つのG弾で生きながら焼き払ったのだぞ!! 私は、私は許せない、そのような外道と手を組むなど、絶対にありえない。そなたは許せるのか、友軍を見捨て、勝手に条約を破棄したばかりか、あまつさえ大量殺戮兵器を用いて友軍ごと敵を焼き尽くす外道を!!」

「咲夜……」

「どう思うのだ! そなたは!!」

『……そんな甘いこと言ってるから、人類はBETAに負けちゃうんだよ。咲夜ちゃん』

チェルミナートルの外部スピーカー。

音はそこから漏れていた。

咲夜は虚を突かれたのか、どことなく弱々しい。

「エレーナ……? あの、エレーナが衛士? この機体に乗ってるの?」

『咲夜ちゃん、私はね、桜花作戦の陽動に参加したよ? 知ってるよね、桜花作戦。咲夜ちゃんは行った?』

……。

『オリジナルハイヴ唯一つを攻撃するために実行された、全世界の戦力という戦力全てを投入して行われた作戦だよ。――あの作戦も地獄だったなー。でも、おかしいよね? BETAの戦力が分散して数が少ないことを期待していたけれど、全然いつもと変わらないの。いつもと同じように、増援も普通に来るし。知ってると思うけど、凄かったんだよ?』

初めて聞く、生々しい戦場の話。

『全人類が力を合わせてこれだよ? オリジナルハイヴに突入した連中の帰還者の数知ってる? スサノオって言う化け物じみた空中機動要塞も使ったんだよね? でも、たった二人しか帰ってこなかったんだよ?』

凄まじい、現実の話だった。

『そんな中で、自分の国だけ守って何か意味があるの? 変な反乱なんかして、全軍でそれを武力鎮圧しちゃったりして。そんな余裕あったの? ないよね? ないない。全然ないって』

「エレーナ! お前はソ連の軍人になったのだろう! そなたにこの帝国のなにがわかるというのだ! 国なくして民はない。国を守れず、異人の手下として働かねばならぬこの屈辱、そなたになにがわかる! 人類のため? そうやって戦った結果、漁夫の利を得るのはかの国だけだ! 己が己でなくなってまで、掴む勝利に意味はない。勝って生残ったとしても、われらに待っているのは奴隷の生活だけではないか!」

『咲夜ちゃん……まだそんなレベルの事で悩んでたの? このままの調子で本気でBETAに勝てると思ってるの?』

「なんだと!? エレーナ! いくら知己であるとはいえ、たとえそなたでも許さんぞ!!」

『咲夜ちゃん……BETAを地球から追い払ったらお仕舞いかな? 月から、火星からも追い払うよ? で、その次は? BETA、あの人食いの化け物どもはどこから来たの? 宇宙の全てがBETAのものかも知れないじゃないの。いいえ。むしろ、そう考えるのが軍人として自然だよ?』

常に最悪の状況を考えて――。

「う、宇宙の全てが……BETAで埋め尽くされ……」

『地球がBETAに残された最後の侵略目標でない可能性、あなたに否定できる? そして、今はその可能性を排除できる局面かな?』

エレーナの言葉は、咲夜のやり取りを聞いた全ての者の心に、ずっしりと重くのしかかる。

オレだって例外はない。

異邦人とはいえ、もうもとの世界に戻るすべは無いのだから。

エレーナは続ける。

『だから、国とか民の希望とか、そんなものじゃなくて――咲夜ちゃん。あなたの力で、人類の未来を切り開くため、最良の未来を掴み取る可能性を紡ぎ続ける仕事をして欲しい――そう、香月博士が言ってた。咲夜ちゃんにしか出来ない仕事があるんだって』

「エレーナ……」

『だから迷うことないよ。一緒に頑張ろう? 一緒にイサミちゃんたちとBETAをやっつけようよ』

――エレーナの言うとおりだと思う。

単純に考えて、宇宙人の侵略に対して単一国家でことに当たってどうする。

この世界には地球統合軍みたいなのはないのだろうか?

ん?

もしかして、それは国連軍なのかな?

おそらくそうだ。

「オレたちにできる事は政治じゃない。ただ、人類の剣となって、目の前の敵、BETAを討ち果たすことだけじゃないかな。君は剣で、この世界はまだBETAの重圧に喘いでいるんだよな? 今はまだBETAを地球上から、太陽系から、そしてこの宇宙から駆逐することを考えるべきときなんだと思う」

「イサミ……」

――そうだな、エレーナと話をあわせるなら、こう話してやったが咲夜は折れやすいかな?

「だから、咲夜――。何も迷う事はないんだ。君が国連軍でBETAと戦うことは、君の今までの生き方と矛盾しない。今はBETAと戦うことが、国を守ることと同じなんだよ」

開放音と共にチェルミナートルのハッチが開く。

「イサミちゃん、帰還命令がでたよ。帰ってきなさいって。茜ちゃんの輸送機はもう出発するって言ってるよ」

赤みを帯びた銀髪を輝かし、エレーナが操縦席から這い出てくる。

「エレーナ、そなた、本当にあの”泣き虫”エレーナか??」

咲夜が古いあだ名を口にした。

「そうだよ、咲夜ちゃん。ついこの間まで毎日泣いてたんだよ?」

「今はどうなんだ?」

「今は泣かないよ? ――だって、イサミちゃんがいるもの」

「今は? では、そなた、また泣き虫になるのか?」

「咲夜ちゃんがヤル気ださないのなら、また泣いちゃうかも?」

エレーナは笑う。

「――仕方がないな。古い友人たちにそうまで頼まれたとあっては仕方がない。斯衛の衛士として、信義に応えねばな」

「咲夜はいつも難しく考える癖があるよな? 素直になれよ」

こういう言い方をすると、咲夜はきっと慌てるはずだ。

「な、なななな、何言っておるのだ、そなたは! 私はそなた達がこうして真摯に頼んで来たからこそ、これからは国連軍の一員として心置きなく戦えると――」

――やっぱり、な。こっちの世界でも、多少話し言葉が違うだけ。

咲夜の本質は一緒なんだ。

「まぁ、そう照れることはないと思うんだ。そう思うだろ? エレーナも」

オレはチェルミナートルの副操縦席に乗り込んむ。

「うんうん! そう思う。じゃ、咲夜ちゃん、向こうで待ってるよ! またね!!」

「照れてなどおらぬ! 私も直ぐにそなたたちを追いかけるからな! そなたたちこそ滑走路を空けて待っておれ!」

咲夜の照れ隠しが聞こえた。

それは、空が夕陽で赤く染まる頃の話だった。

第六章

――夕食後。

オレはまた夕呼先生に呼ばれていた。

「社、ありがとう。今日も黒須を連れて来てもらって悪かったわね」

「……いいえ」

社は軽く首を振っていた。

オレは今日エレーナから聞いたこと、それを真っ先に聞いてみた。

「先生、宇宙の全てがBETAに、オレたちの敵で埋め尽くされている、って。――本当なのですか?」

「え? まあ、否定できる根拠は何もないわね」

「そんな」

「でも、肯定できる根拠も何もないわ。でもね、今はまだ、常に最悪の状況を予測して手を打つ時期だと思うけど。――それがどうかした?」

夕呼先生は、さも当然、と言った様子で平然とそれを口にした。

「今日、エレーナがそう言ってたんです」

先生はさも納得した、と言う表情になる。

「ああ、聞いたわよ? あなたたち、斯衛軍の基地で騒いだんだって? 抗議の声が凄いらしいわよ?」

ん? そうは言うけれど、先生、オレたちを責めないのか?

「不思議そうな顔をしてるわね。どうしたの? あなたたち、悪いことした?」

「そんなつもりはありません」

「そうよね。確かに時間と場所、立場も微妙だったけど、あなたたちは正しいことを言ったまでのことよ。いまだにBETAが下等生物だといってバカにしている無能どもに、いい薬になったんじゃないかしら。――別に気にするほどのことじゃないわ」

そういう先生は無表情だったが、その口調はどこか嬉しそうだった。

◇◇◇

「そうそう、黒須。今日もあなたの事について聞きたいんだけど。あなたに近しい知り合いとかいないの? この前はあなたの恋人と友人について聞いたから――ほら、そうね、あなた学生でしょ? なにかクラブに入ったりしてないの?」

「え、あ、はい。入ってますよ」

オレは軽く答えた。

「へぇ。意外ね。で、どんなクラブに?」

「文芸部です」

空気が凍った。

先生も、社も、目を見開いて口をだらしなくポカン、とあけている。

「あ、あははは、あはははははは! こりゃ傑作だわ!! あんたが文芸部!? どの面提げて言ってるのよ、冗談も休み休み言いなさいよね! あは、あははははは!!」

先生が大口開けて笑い始めた。

こうやって見ると、オレの世界の夕呼先生となんら変わる事は無いような。

「酷いですよ、先生、本当なんですから!」

「それなら尚、性質が悪いわ、あはは、ははははは!!」

まだ笑うつもりか!

「ごめんごめん、ごめんなさい、でも、ぷっ、あなたが文芸部ねぇ……――社、ちょっと水汲んできて。お願い。あーおかしい!」

頭にくるが、それを言うときっと100倍返しで来るよなぁ……。

◇◇◇

「で、その文芸部の中にあなたに親しい人はいないの?」

「親しい……かと言われると自信ないですけど、一人だけ変わった先輩に目を付けられていました」

「へぇ? 教えてちょうだい」

「はい。松浦七海って言って、オレの一個上の先輩で、ソビエト連邦のマニアなんです」

ななみ先輩の奇天烈な言動の数々がが思い浮かぶ。

「ソ連? なんでまた」

「ソ連はオレたちの世界ではとっくの昔に滅んでしまった歴史上の国になってるんです。で、その社会主義国家の辿った軌跡に極端な幻想を持った人々が面白おかしく脚色してるみたいで。――まあ、ありていに言えば、ななみ先輩は変人です」

「……博士」

「ええ、そうね、社。――黒須は少なくとも、その先輩を下の名前で呼ぶ程度には興味があった、と言うことか。なるほどねー」

……。

変な誤解をしているに違いない。

正しておかないと。

「違いますよ先生、オレとななみ先輩の間には何もありませんって!」

「はいはい。ま、いいわ」

◇◇◇

オレは社にお休みの挨拶をしようとした。

「……黒須さん。今日も、辛いこと、ありましたね。自分の力ではどうにもならないこと、ありましたね」

う。

大丈夫だ、大丈夫。

一瞬またぐらっと来たが、今日は大丈夫だった。

「……黒須さんは強い人です」

「ありがとう。社。……じゃあ、おやすみ」

オレは返事を待たずに部屋を出た。

「……はい、おやすみなさい。黒須さん」

◇◇◇

2002年 1月 22日 火曜日

「月環咲夜中尉、本日只今をもって国連太平洋方面第11軍、横浜基地所属、特殊任務部隊A-01連隊、第9中隊に着任する、若輩者故、色々と御教授願いたい。宜しく頼む!」

「同じく北條鋼中尉、同日同時刻をもって同隊に着任する、……宜しく頼む」

◇◇◇

昼時のPX。

今日は鯖の竜田揚げ定食だ。

「エレーナ、話は変わるが、一つ質問をしても良いか? そなたが乗ってきた、あのソ連製の戦術機なのだが――」

咲夜はそっちの話に興味があるらしい。

咲夜の知りたい事は、みんなも知りたいことであったようだ。

横に座る鋼のおっちゃんどころか、PX中の人間が聞き耳を立てているようだった。

「あ、あれ? Su―37UB チェルミナートル、って言って、複座の戦術機なんだよー。香月はか……あ。ごめん、これ以上は言っちゃいけないんだった。あはは、ごめんねー」

「すまぬ、軍機であったか。妙なことを聞いてすまなかった」

「いいよいいよ咲夜ちゃん!」

「あ、ああ……」

「咲夜様、この奇妙なロシア人――ストレリツォーヴァ少尉とも、お知り合いなのですか?」

鋼のおっちゃんは戦術機でなく、その衛士に興味を持ったらしい。

今、奇妙な、と言うところに変なアクセントを感じたぞ。

「ああ、言わなかったか? 幼少のころからしばらくの間、ずっと共に遊んでおったのだ。それは、イサミとも一緒だ」

おっちゃんの刺すような視線が怖かった。

「左様でしたか」

「ああ。あの頃は楽しかった。我ら三人で、何も考えずに走り回っていたような気がする。国家も、国境も、人種も、性別も、身分も――。それこそ何のしがらみもなくな。本当に、本当に楽しかった――」

咲夜が語る記憶はオレの知るものとは違うはず。

それでも、オレは元の世界のそれと重ね合わせることで、ある程度想像することが出来た。

「色々やって遊んだよね、咲夜ちゃん。楽しかったよね」

「そうだな」

咲夜は頷く。

「イサミも、そうは思わぬか?」

オレが何か答えようとしたとき、首を突っ込んだ奴がいる。

「へー。イサミ、ねぇ。――黒須、この二人、あんたの知り合いだったんだ」

「な、涼宮!」

「いや、君から人に話しかけてるのを見てさ。意外に思ったんだ」

「そうか? そんなだったか? オレ」

「そうだよ。だって、あんた多恵や高原とはめったに口もきかなかったじゃない」

涼宮。築地。高原。麻倉。3-D……夕呼先生のクラスの面々だったと思う。

「そうだったっけ?」

「そうだよ。それで、不思議に思っただけ」

「オレにもそんな一面はあるんだよ」

「あはは! そうなんだ。新たな新発見だったよ。じゃ、私、先に行ってるから。お先にー」

「先にシミュレーションルーム、行ってますね? 黒須中尉」

あの麻倉までもがオレの背中を叩いて涼宮の後を追っていった。

麻倉、涼宮が復帰してかなり変わったな――。

第七章

2002年 2月1日 金曜日

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

ゆさゆさ……。

「……えい」

掛け布団が剥がされた。

オレは目を開ける。

――それは社だった。

「……おはようございます、黒須さん」

「社。――起こしてくれてありがとう」

「……(こくり)」

社が頷く。

「……黒須さん、香月博士から伝言です」

「夕呼先生の?」

「……はい。格納庫に向かってください」

◇◇◇

輸送機か。

――帝国軍の輸送機?

戦術機を輸送してきたのか!!

ついにオレにも機体が!?

オレは足を自然と格納庫に向けていた。

◇◇◇

言われるままに格納庫に着てみると、そこには見慣れぬ濃紺の機体が二機、新たに搬入されていた。

ああ、先生はオレが戦術機に興味があるのを知って、教えてくれたのかな?

オレは先生の好意に感謝した。

――どれどれ?

オレはその機体に近づいていく――。

◇◇◇

「宗像大尉、この前は世話になりました」

宗像大尉と話している人物。

ん? この口調、どこかで――。

「そのような物言い、止めてください、松浦大尉」

松浦?

「いいえ。本日より貴官は私の上官ですので」

この声、――ななみ先輩?

「わかりました」

「宗像大尉、遠慮なく呼び捨ててもらって結構です」

「では、そのように」

「は! 松浦七海大尉、本日只今をもって国連太平洋方面第11軍、横浜基地所属、特殊任務部隊A-01連隊、第9中隊に着任します!」

「同じく六分儀最上中尉、同日同時刻をもって同隊に着任します!」

「貴官らの着任を承認する! 隊の者には追って紹介する。解散してよし!」

「「は!」」

ななみ先輩に、モガミさん……この人たちまでオレと同じ部隊に……偶然ではない。

間違いなく、絶対に間違いなく、香月先生はオレの知り合いばかりを集めている――。

何故? どうしてそんな必要がある。

嫌がらせ……いや、そんな暇な人じゃない。

先生は、自分の目的に必要だから、きっとそうしたんだ。

先生の目的って一体――?

「ほう――貴様、黒須ではないか。久しぶりだな」

「ナナミさん、お知り合いですか?」

「ああ、モガミ、こいつは我々の先任の黒須中尉と言う。見知りおくがいい。仲間思いで頼りがいのある好青年だ」

ナナミ先輩の目を見る。

う、この斜に構えた視線。

なんともいえない迫力が……。

「まぁ。――私はナナミさんと同じく、日本帝国軍第二独立戦術機甲連隊から来た六分儀最上中尉よ。よろしくね」

六分儀中尉がお辞儀すると、その肩で切りそろえられた髪が広がった。

「黒須勇海中尉です。宜しくお願いします」

「ああ、宜しく。同志中尉」

なっ……。

オレはそのナナミ先輩の一言に血の気が引いた。

きっと顔は引き攣っていただろう。

「ちょ、ちょっとナナミさん!」

六分儀中尉が慌てる。

「すまない、イサミ君。君があまりにも真面目なもので、ついからかってみたくなったのだ。出来心だ。許して欲しい」

ナナミ先輩が意地悪く笑う。

い、イサミ君!?

「ナナミさん、いい加減にしないと!」

「いいんです、そう扱われても仕方がない事をオレはやったんです。多くの人の信頼を裏切った。真実がどうであれ、事実はそうでならなきゃいけないんです。それが――」

「それが、黒須中尉が選んだ、より良い世界を掴み取る選択だからよ」

「夕呼先生!」

ななみ先輩とモガミさんが敬礼する。

先生はそれに軽く答礼で返し、こう言うのだった。

「黒須は特別なの。そんなつまらないことで潰されては困るわね。――松浦大尉?」

「以後、留意いたします、香月――副指令」

「ここでは行き過ぎた毒はいらないわ。――でもね、一風、変わった風が流れる事は期待しているの。あなたにはそれができると信じているわ。元帝国本土防衛軍帝都防衛第一師団所属の松浦七海大尉」

!!

二人の雰囲気が変わった。

なんだろう。

でも、この二人にとってそれは面白くない事実なのだろう。

「あの事件で、帝国軍にほとほと嫌気が差しました。惰性で任務を続けていたそんな折、出先であった都内の基地で、とある若者の放ったある言葉を耳にしたのです。

――オレたちにできる事は政治じゃない。ただ、人類の剣となって、目の前の敵、BETAを討ち果たすことだけじゃないかな。君は剣で、世界はまだBETAの重圧に喘いでいるよな? 今はまだBETAを地球上から、太陽系から、そしてこの宇宙から駆逐することを考えるべきときなんだと思う――。

――事もあろうに斯衛軍の衛士と言い争っていた彼は一歩も引かず、このように敢然と言い放ちました。この言葉を耳にしたとき、私は、それまでの私は何をしていたのかと。頭をハンマーで殴られたかの如き衝撃を受けたのです。目から鱗、頭の中に漂っていた靄が晴れる思いでした。彼のこの言葉。それこそが今、私がここにいる理由です」

ななみ先輩――。

――あの場所で、咲夜とエレーナ、そしてオレの話を聞いていたのか。

「だ、そうよ。黒須中尉?」

先生が笑みを湛えている。

心なし、機嫌が直ったようだ。

「黒須勇海中尉。私は君に出逢ったこと、そして君と同じ隊で、同じ戦場に立てることを心から誇りに思う。これからよろしく頼む。――その意味で、君は私の本当の同志だ」

「ななみ先輩――」

「ナナミさん――」

「私を先輩と呼ぶのだな。奇妙な響きだが、人生の先輩としてそう呼んでくれているのなら、嬉しい限りだ。礼を言う」

「改めて私も宜しく! 黒須中尉!」

「はい、宜しくお願いします、松浦大尉、六分儀中尉!」

オレたちはどちらからともなく。手を差し出し、握手した。

◇◇◇

「お話は済んだかしら」

あ。そうか。夕呼先生居たんだっけ。

でも、何をしに来たんだ? こんなところに。

「松浦大尉、これが不知火弐型?」

先生は普通の不知火との違いを言っているんだろうけど、どちらも――いや、戦術機の種類さえ詳しく知らないオレから言わせて貰えば、何を言っているのかさっぱりだ。

「はい。組み上がった二機のみ、かなり無理をして持って来ました。なので、副指令が要求されました不知火弐型を全12機と言うのは、正直無謀を通り越して実現の見込みが無いばかりか、現場や関係各所の怒りを買うだけです」

「そ。まぁ、それならそうで、やるしかないわね。残りの機体は?」

「新OS搭載の従来型の不知火を10機。来月、2月の中ごろには揃います」

「遅すぎるわ。2月の頭。そうしなさい。いいわね?」

「わかりました。なんとかするように伝えます」

「こちらの下準備はほぼ終了した。BETAに一月も休養を与えてしまったわ。この一ヶ月が吉と出るか凶と出るか――だれにも予測はつかないけど、私は必ず吉を引いてみせる。――だから、あなたたちも必ず吉を引きなさい。私についてくるのよ? いいわね!」
「「「了解!」」」

先生には急ぐ理由があるということか。

――その理由はなんだ?

◇◇◇

オレがその質問を先生にぶつけようとした時だ。

「そろそろブリーフィングの時間よ。こんなところで何をしてるの?」

――聞けなかった。

◇◇◇

ブリーフィングルームには、オレを除くほぼ全員が集合していた。

オレは慌てて中に入る。

「黒須、遅いじゃない!」

「そうだそうだー!」

「イサミ、時間ギリギリに来るなど、少し弛んでいるのではないか?」

涼宮以下二名がオレの顔を見るなり噛み付いてきた。

そして直ぐに通路へ通じるドアが開き、数名の人物が入ってくる。

「ほう。黒須。いい顔をしているな。これは――脈ありと言うことか? どう思う? ――祷子」

「中でも、茜の顔が特に赤いようです。いい傾向――そう思いますわ」

宗像大尉に続いて入出してきた女性仕官――風間祷子中尉が、オレと涼宮を見比べて口にする。

「な、やめてください! そんなんじゃ」

涼宮が噛み付くが、宗像大尉たちは一向に気にしていないようだった。

「さて、キミ達。私がこのA-01連隊、第9中隊イスミ・ヴァルキリーズを預かる宗像美冴大尉だ」

宗像大尉の敬礼――。

皆が応えた。

「――時間だ。連隊、整列して待て。しばらく後、副指令が視える。――が、まだ間があるようだ。お互い面識のない者も多いだろう。改めて各自紹介していこうと思う」

「祷子」

「はい!」

「まず、コイツは風間祷子中尉だ。私の副官を勤めてもらう。隊や基地についての不明点は、まずは祷子に尋ねてくれ。ああ、私に断らずに口説くのは禁止だ」

「あら、まぁ」

「まあ、その点に留意しつつ、よろしくしてやってくれ」

「風間祷子中尉です。みなさん、よろしくお願いします」

宗像大尉とは違った意味で、まるで人形のような――和の感じのする清楚な雰囲気の人だった。

でも、さっきのやり取りから想像すると、額面通りとはいかないようだ。

しかし、宗像大尉、――とんでもない紹介の仕方だな。

「黒須!」

「はい」

――次はオレかよ。

「黒須勇海中尉だ。つい最近まで特殊任務に従事してもらっていたため、物言いや行動に戸惑いを感じることもあると思う。。申し訳ないが、各自配慮を頼む。隊への忠誠、衛士としての覚悟、そして戦術機の機動。このどれをとっても規格外の男だ。マイナス点を引いて余りあるものを持っている」