※この物語はフィクションであり、実在の人物・事件などには一切関係がありません。
※オルタネイティヴ世界線とは異なる確率時空でのストーリーです。
※参考文献 「MUV-LUV ALTERNATIVE INTEGRAL WORKS」及び「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」
※©Muv-Luv: The Answer
1995年01月05日 満洲帝国首都・新京 皇帝執務室
「貴方のご子息は大変勇敢であり、戦場でも臆することなく勇敢に戦われ――」
大隊長としての役目。戦死者遺族への手紙を書いている。
「奮闘報われず、命を落とすことに――」
駄目だ。これ以上は無理だ。
涙があふれてくる。
思わず筆を落としてしまった。墨が手紙にこぼれる。
書き直しだな、そう思った。
しかし、いくら書く内容が決まっているとは言え、彼はほんの3日前までは生きていたのだ!
私に取ってはかけがえのない大隊員だったのだ。
訓練を共にした仲間だった……。
駄目だ、一旦気分転換に外出しよう。このまま逃げ出したいくらいでもある。
――本当に逃げ出してしまおうか。一瞬そんな考えがよぎる。
外出用の衣服を整え執務室の扉を開けた。そこには七生がいた。
「――陛下。一年前のあの日と同じ顔をしています。いや、もっと酷い」
一年前……日本にいて悲報を聞いたあの日。
忘れもしない。我が満洲帝国の精鋭大隊が壊滅したと聞いた時だ。
九・六作戦直後のことを言っているのはすぐに分かった。
「何も言わないでくれ。すこし一人にしておいてくれ……」
「僕も同じ気持ちです。一年とは言え同じ釜の飯を食った仲。かけがえのない仲間達です」
七生はそう告げる。
「少し、庭に出ないか?」
「はい、陛下。幸い雪は降っていません。行きましょう」
二人で連れ立って宮殿の中庭へ。
「――真面目に聞いて欲しい。実は私は何もかも投げ捨てて逃げだそうかと思っていた。 大隊長の重責は私には無理だ。15になったばかりの小娘が大隊長面などおかしいのだ。もっと適任な……」
そこまで七生に話すと涙があふれてきた。涙は号泣に変わる。
「無理なのだ! 7000万の民を統べるなど、この身にあまる! 天よ、何故こんな試練を与えるのだ……」
私が顔を覆って号泣していると、すっと温かい感触。
七生が私を抱きとめていた。
「陛下、満洲帝国の民は貴女が皇帝だからこそ不平も言わずにこの大戦を闘っているのです。貴女が挫けてどうします。辛い言い方ですが、高貴なる者の義務を全うしてください。――僕で良ければ何時でも相談に乗ります。哀しみや辛さは一人で背負うには重すぎます」
私は、また泣いた。わんわんと泣いた。
「七生、君はずっと側にいてくれるか?」
「この崇宰七生、一命に代えても」
「しばらくこのままでいてくれ……温かい……」
新京の寒さは凍えんばかりだが、今のこの温もりはかけがえがない。
しばらくしてやっと気持ちが落ち着いた。
思えば大胆な事を言ってしまった気がする……。
「し、執務に戻る。ありがとう七生。気持ちが落ち着いた」
「もう少し、このままでいたかったなあ。……失礼、離れますね」
「許す。もう少しこのままでいてくれ」
雪がちらついてきた。
誰かに見られる前に、執務室に戻ろう。
「……ありがとう。また助けられた」
「陛下の代わりなどおりません。貴女は生きてこの大戦の行く末を見守る義務があります。ある意味、死より辛いことかも知れませんが。また明日の訓練で会いましょう。では」
そう言って、七生は中庭を去って行った。
気が重いが手紙の続きを書こう。
我が帝国を守るため、出来る事をやらなければ。
1995年03月01日 満洲帝国首都・新京
3月1日。我が満洲帝国が1932年に成立した日。
63回目を迎える今日は晴天だ。
宮殿前広場で建国式典が開催される。
この日ばかりは国民達が嬉しそうにしているのが救いだ。
来年も無事に開催できれば良いのだが……。
式典は美国のブルー・インパルス部隊が空を駆けるところから始まった。
まだ新京までは光線級のレーザーの射程外だから出来る芸当だ。
建国を祝う式典ですら、美国頼りとは情けなくも思う。
しかし、我が威徳大隊の練度では曲芸飛行をこなすなど到底無理だ。
その威徳大隊は、宮殿広場の端に整列して駐機している。
10人の損失を受けた先日の戦闘から、補充要員を入れて数だけは定員を満たしているが……。
新人の練度はお察しだ。
この先、山海関に迫るBETA共と何度も戦闘が行われるだろう。
生き延びてくれれば良いのだが……。
そう考え事をしていると、満洲中央電視台の有名アナウンサーが私を呼ぶ。
どうやら、国民へ挨拶をする時間になったようだ。
大元帥服に身を包んだ私は演壇へ向かう。
「国民の皆さん! 63回目の良き日を共に祝えることを誇りに思います。多大なる苦労をお掛けしていることは誠に遺憾ですが……きっと、きっと平和な世界を取り戻します。今しばらく、朕に力を貸していただきたい!」
割れんばかりの歓声が上がる。
……本当は自分の言葉で話せるのが一番良いのだが、残念ながらスピーチライターが書いた原稿を読んだだけ。
こう言う所は経験不足と言える。
「満洲帝国万歳! 皇帝陛下万歳!」
尽きぬ歓声が私を包む。
16になったばかりの小娘をこんなに信頼してくれている国民を裏切るわけにはいかない。
私は皇帝を演じきろう。そうだ、そうするしかないのだ。
1995年03月01日 満洲帝国首都・新京 ヤマトホテル・迎賓の間
建国式典の夜、盛大な夜会がここヤマトホテルで開かれる。
ヤマトホテルは、満鉄が運営するホテルチェーンである。
日露戦争後、西洋人も快適に滞在できる宿として建築したのが始まりだ。
第二次大戦後に満鉄の経営者が美国人になった後も、長く使われていたヤマトホテルの呼称は残された。
今や満鉄沿線の各都市に一大チェーンを築き、海外にも広く名を知られるようになっているのだ。
贅を尽くした美食と美酒が用意され、各国の要人を招いて開催される夜会。
戦禍に晒されている国民達には申し訳ないが、国の威信というものは譲れない。
「満洲帝国建国63年を祝して! 乾杯!」
グラスを鳴らす音がそこかしこから聞こえる。
新京交響楽団と哈爾浜交響楽団合同のオーケストラが盛大にファンファーレを鳴らす。
宴の始まりだ。
西側の要人達と、国連の要人達。我が帝国の要人達。
そこかしこで談笑が始まる。
でも、何の権力もない私は壁の花状態。
所詮お飾りであることを強く思い知らされる。
夜風に当たろう。そう思ってバルコニーに出る。
3月の夜風はまだ冷たかった。
後ろから、オーケストラの演奏が聞こえてくる。
曲調はワルツ。
夜会もたけなわ。ダンスの時間になったのだろう。
山海関近郊ではBETAとの戦闘が続いているのが嘘のよう。
こんな平和がずっと続けば良いのに……。
「陛下、こんなところに居ては風邪をひきますよ」
玲花がバルコニーにいる私を見とがめて言った。
「……あ、ああ。中に戻ろう」
中に戻ると、そこかしこで社交ダンスが始まっていた。
「陛下。一曲踊って頂けますかな?」
美国軍事顧問団団長のジョージ・マクミランだ。
「……喜んで。私なんかで良いのですか?」
「皇帝陛下のお相手を務められるだけで光栄です。では」
曲がコンチネンタル・タンゴの名曲、碧空に変わる。
私も一通り社交ダンスは習っているのだ。
ただ、ジョージとは身長差がありすぎてやや踊りにくい。
「陛下、戦場は慣れましたか」
「――慣れるものではないと思いますが」
「陛下は良くやっています。嚮導団の兵達からも高く評価されております」
「ならばもう少し、彼等の態度を改めるように伝えてもらえませんか」
「戦場帰りは少々雑なのです。そのあたりはご容赦を」
「ともかく、我が大隊員をもう少しまともに扱ってもらいたいものです」
「分かりました。今後威徳大隊の面々に対する態度を改めるよう、きつく申し渡しておきます」
最後の一小節が終わる。
「……陛下、ありがとうございました」
気がつけば、周囲を皆が取り囲んでいた。
そして沸き起こる万雷の拍手。
「陛下、次はこの私が!」
「いや、次は是非この私に!」
次々とダンスを求められる。
代わる代わる相手をしながら一時間程ダンスの宴は続いた。
宴が終わるころ、要人達の見る目が少し変わったように思える。
私は、また上手くやれたのだろう。
1995年05月27日 満洲帝国・旅順港沖
本日は我が帝国の海軍記念日。
元々は日本の海軍創設記念日と同日であるが、実質我が帝国の海軍は日本帝国海軍の薫陶を受けて成立したためそのまま戦前と同じ日を記念日にしている。
今年ばかりは渤海湾哨戒のローテーションから、無理に外した我が帝国総旗艦の海威に私が座乗して観艦式を実施する。
山海関付近ではBETAとの戦闘がいまだ継続中だが、先日の建国祭に引き続き「西側諸国は東アジアを見捨てない」と言うメッセージを込めた美国の強い要請で開催が強行された。
もちろん、我が帝国がそれを断れるはずもない。
御召艦海威を中央に、先導艦を海王、供奉艦を重巡洋艦鎮海・鎮江・鎮北・鎮南が勤める。
第一列に美国第七艦隊の各艦。
第二列に我が帝国の駆逐艦が配置されている。
これでも我が帝国は美国、日本に次いで東アジア三番目の海軍国である。
旅順港の埠頭から見物に集まった群衆の歓声が聞こえる。
少しでも、少しでも国民の励みになりますよう……。私はそう祈っている。
衛士強化服に着替え、暖機してある御座機”瑞鶴”に搭乗。
このまま発進して御召艦海威に着艦するのだ。
曲芸飛行は無理でも、何度も訓練した母艦への着艦くらいは出来る。
僚機は、威徳02ことクリフォード中校と威徳03こと崇宰七生だ。
「威徳02より威徳01および03。発進準備はよろしいですか?」
「威徳01より威徳02。準備完了です。何時でもどうぞ」
「威徳03より威徳02、こちらも問題ありません」
「威徳02了解。CP、発進準備良し!」
「CPより威徳各機。発進してください。高度は30mを維持。それ以上はレーザーの脅威があります」
「威徳01了解。発進する!」
カタパルトが打ち出され、私は愛機と共に空に昇る。
何時もの強いGが身体を操縦席に打ち付けた。
「高度30mで巡航飛行へ」
間接思考制御を通して、愛機に命じる。
他の二名も私の後から発進してきた。
簡易的なアロー・ヘット1の体型を取り、そのまま海威を目指す。
すぐに旅順港内に停泊する艦艇群が見えてきた。
埠頭にいる国民達が、万歳で私達を迎えてくれる。
あとは無事に着艦するだけ。
大丈夫、何度も訓練したんだ。きっと上手くやれる。
「威徳02より各機。これより海威へ着艦します。まず私から。続いて威徳03。最後に威徳01です」
クリフォード中校はそのまま着艦姿勢に入った。
流石に歴戦の艦載機載り。難なく無事に着艦する。
「威徳03、これより着艦します」
七生も着艦に入る。彼も問題無く着艦できた。
「威徳01よりCP。これより海威へ着艦する」
「CP了解。ご無事を」
緊張で手が震える。大丈夫、何度もやったことだ。
落ち着け。絶対に出来る。
「着艦体勢に入ります」
機械音声が淡々と告げる。それで少し落ち着きを取り戻した。
海威は目の前。姿勢制御ノズルを操作して逆噴射。
そして勢いが落ちた所でエンジンカット。
すっとと海威の後甲板に着艦できた。
操縦席でモニタされている旅順港は大歓声だ。
「皇帝陛下万歳! 満洲帝国万歳!」
国民の歓声が耳に残る。上手く行った……。
今年の観艦式は大成功だ。
国民の士気もさぞ上がったと思いたい。
でも、来年は実施できるのだろうか。
BETAの先方は山海関。外蒙も西半分はBETAの支配下に入ったとも聞いている。
願わくば、来年もまた海軍記念日が無事に迎えられますよう。
操縦桿にうなだれて、私は思った。
次:M-M第十四話
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