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原爆記。核兵器について考える。

幻色灯日記

核兵器。使えば大地は汚染され、占領する価値がゼロになる兵器。持っていれば「こっちが使えば相手も使ってくるかもしれない」と恐怖を与える事のできる抑止力兵器。
そんな全くもって実用性の無い兵器(持っていても使えない兵器)が核兵器である。

核兵器

わが国は世界で始めて核兵器を使用され、三度の被害(広島、長崎、そして戦後のビキニ環礁)を受けた唯一の国である。
はっきり言ってアメリカ合衆国には原罪があると言って良い。戦時中の焼夷弾による非戦闘員へ向けた無差別爆撃も含め、これらは明確な戦時国際法違反であり、どう言い訳しようと本当の戦争犯罪国家はアメリカ合衆国と言える。

だが、どうせ負けるならソビエト連邦よりもアメリカ合衆国のほうがマシだった事も事実である。近代史を学べば説明不要な常識だ。なんなら池上彰辺りの人物に聞いてみてくれても良いだろう。

今日は広島の原爆の日。全ては歴史。我々は日本人。花火の炸裂する音を聴きながら、年に一回ぐらいはこういった真面目な事を考えても良いのかもしれない。

鬼畜米英や露助、支那畜など言うつもりは無いが、一皮剥けばどれも同じ穴の狢であろう。
人殺しに戦争や宅間、加藤も関係ない。皆、ただの人殺しである。
ただ、考えて欲しいのは黙って殺されるのを待つか否か。屈辱を受け続けても黙って飼い殺しになるのを待つか否か。その辺りの難しい事である。この回答は読者諸兄、それぞれの判断にお任せしたい。

夜空に美しい花火には鎮魂の意味もあると言う。
では、我々のご先祖様へ向かって黙祷を。

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