※この物語はフィクションであり、実在の人物・事件などには一切関係がありません。
※オルタネイティヴ世界線とは異なる確率時空でのストーリーです。
※参考文献 「MUV-LUV ALTERNATIVE INTEGRAL WORKS」及び「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」
※©Muv-Luv: The Answer
1992年04月01日 日本帝国・首都京都 斯衛軍衛士養成学校
「満洲帝国より来た、愛新覚羅遙春です。適正を認められ、本日より編入させて頂くことになりました。宜しくお願いします」
「皇女殿下の側用を務めております、廖玲花です。操縦者適正はありませんでしたが、特例で入校させて頂きました。どうぞ宜しくお願いします」
「姓で分かるとおり、我が友邦満洲帝国の姫君とご学友だ! くれぐれも失礼の無いように! ……席は特に決まってない。好きなところに座り給え」
休み時間になった途端、女子達に質問攻めだ。
「ねーねー、満洲って寒いんでしょ? 冬はどうしてるの!」
「日本語上手!」
「まだ私達より年少に見えるけど、歳は幾つなのかしら?」
「先日12歳になったばかりです」
「玲花さんはおいくつです?」
「……私は16歳になります」
玲花が少し照れ気味に答える。彼女はあまり社交的ではないのだ。
どちらかと言うと、機械を弄ったり、技術書を読んだりしている方が多かった。
この雰囲気に慣れていないのだろう。
ひるむ玲花を尻目に、私にも沢山の質問が浴びせられる。
「御食事は何を召し上がっているのかしら? 満漢全席って聞いた事ありますわ!」
「いえ、最近はそんな贅沢なものを食しておりません。質素なものです」
少ない男子達は遠巻きに見ている。ひそひそと話す声が聞こえてきた。
「……あの子、次の皇帝なんだろう? 婿入りしたら玉の輿どころじゃないぞ」
「よせよせ、米国の傀儡で存在が許されてる国だ。胃が幾つあっても足りないぜ」
聞こえてる。事実を指摘されているので文句も言えない。
それにしても、まだ日本は前線が遠いので訓練生だと危機感は少ないのだろう。
こうしてみると普通の学校と変わらない。私は通ったことがないのであくまで聞きかじりだが。
周囲は全て私より年上だ。玲花はともかく、私はかなり異分子であるだろう。
「私達、日本は初めてです。色々お教え願えますか?」
「それならば、丁度桜の季節ですの! 良かったら放課後にお花見などいかがかしら」
「それは良い考えですわ! 早速教官に許可を貰ってきます!」
一人の同級生が慌ただしく駆けていった。
日本人家庭教師から聞いた事がある。
日本人は3月の終わりから4月にかけて桜の花を愛でるのだと。
一気に咲いて、ぱっと散る。そう言う桜の特性が日本人に合っているのだとも教わった。
満洲の春は遅い。新京では日本人が植えた桜が咲くのは決まって5月の初旬。
日系人達がこぞって花見を楽しんでいるのは満洲中央電視台のニュースでも流される毎年恒例の行事だ。
我々満洲人や漢人は今ひとつピンとこないのだが……。
そう言った思案をしていると先程駆けていった生徒が戻ってきた。
「許可取れました! 特別にお弁当を作っていただけるそうよ!」
「あら、それは良かった! 皇女殿下、玲花さん。良かったですわ!」
毎回そう畏まられるのも何だかむず痒い。
「皆さん、私の事はハルカとお呼びくださって結構です。遙春の遙と言う文字は日本でも同じ字を使っているのでしょう? 読み方がハルカ、と言うのも知っております。北京語の発音は難しいので、日本語でハルカとお呼びになる方がきさくで助かります」
「じゃあ……ハルカ様」
「”さん”で充分です。ここでは私は新参者ですし年少でもあります。どうか気になさらないで」
「それじゃあ、今日はハルカさん達の歓迎会とお花見ですわ! 私楽しみです!」
そして放課後。うららかな日差しの下、花見は決行された。
私は玲花と一緒に校庭に出た。満開の桜が私達を出迎える。
その美しい光景に大陸の惨禍を一時だけ忘れられた。
ここ日本は海を隔てているので直接の影響は少ないが、日本各地の師団から引き抜かれた部隊が大陸戦線に派遣されているのは聞いている。
そして、その損耗率が酷い事も。
今一緒にはしゃいでいる人達も、いずれはやがて戦場に出るのだろう。
戦術機操縦者訓練兵には嫌と言うほど聞かされる「死の八分」を越えられるのはどれくらい居る事か。
……いけない、今は楽しむときだ。
「ハルカさん、何を考えてらっしゃるの?」
何時の間にか同級生が集まっているのにも気付かず、声を掛けられて始めて気付いた。
難しい顔をしていたからだろう。掛けられた声は優しい物だ。
「……いえ、日本は温かいなあと。この時期まだ新京は寒いのです。そう言えば、皆様は斯衛軍の訓練校に通ってらっしゃると言う事は、武家の家柄で?」
「ええ、同級生の殆どは武家ですわ。譜代も外様も合わせて」
「そうなのですか。私は武家と言うには少々違いますので……」
「そんな! ハルカさんの愛新覚羅家は少なくとも4, 500年は続く家柄でしょう? 私達に負けないお家柄ですわよ。自慢なさって良い事かと」
「そう言えば玲花さんはどういったお家柄なのです? ハルカさんのお付きになるくらいですから、それなりのお家なのですか?」
「……私の家は満鉄の重役を務めております。その縁で殿下のご学友に選ばれました」
「まあまあ、あの南満洲鉄道の! 一度大連からの超特急”あじあ”に乗車したいものですわ!」
南満洲鉄道は、かつての日露戦争後に日本がロシアから受け継いだ鉄道を元に作られた株式会社だ。
戦後は株主の多数が日系から美国系に変わったが、我が帝国の交通インフラを担う巨大企業なのは変わらない。
戦前は日本人が総裁を務めていたが、戦後は美国人が総裁の座に就いている。
そんな満鉄の代名詞が超特急”あじあ”だ。
戦前から受け継いできた”あじあ”の名は、電化を経た今も最高のサービスと速度を維持している。
満鉄の事例を参考に、日本でも戦後に標準軌の新幹線が作られたと聞いた。
それくらい、満鉄は我が帝国にとって重大な存在なのである。
満鉄の重役と言う事は、やはりそれなりの家柄なのだ。
「さあさあ、お話はそこまで! 桜が散る様をご覧遊ばせ! 来年もまたこの桜を見られるよう乾杯しましょう! ……甘酒ですけどね」
別の女子が言う。
「それじゃあ、せっかくだからハルカさんに乾杯の音頭をとってもらいましょう。良いですか?」
「え、ええ。それでは、私達の出会いと美しい桜に乾杯!」
「乾杯!」「乾杯!」
そして私と玲花は一息に杯を干して残っていないことを指し示す。
他の女子達はきょとんとしている。
「あのー、ハルカさん達? 何も一息に飲み乾さなくても……」
「え、私達の国では『乾杯』を言えば文字通り『杯を干す』なので、一気に飲むのが作法でして」
「お酒でもそうやるのですか?」
「はい、だからだいたい酒席では皆さん酷い有様になりますね」
「これが文化の違いって奴か……」
似ているようで、やはり満洲と日本は細かい文化が違う。改めてそう思った。
宴もたけなわになった頃。
一人の男子訓練生が馴れ馴れしく顔を出してきた。
「いやあ、皇女殿下。先日ぶりですね。すっかり訓練校にも慣れたようで何よりです」
崇宰七生だ。
「殿下。こちらの方は?」
玲花が知らないのも無理は無い。あのとき玲花は船酔いで救護所行きだったからだ。
「日本の五摂家が一つ、崇宰家のご子息だ。歓迎式典で世話になった」
「どうも、廖玲花さん。崇宰家の八男、七生です。皇女殿下とは歓迎式典以来の面識です。
どうぞよろしく」
玲花は顔を赤くしてもじもじしている。男性と話すのは苦手なのだ。
女生徒達は七生を見て騒ぎ出す。
「……崇宰家のご令息と顔見知りなんて流石愛新覚羅家ですわ」
「五摂家ともご面識があるとは、ロイヤルな血筋はやはり少し違いますわね」
違う。この男は偶々出迎えに来ていただけだ。
美帝の許しも無しに日本帝国の貴族、それも五摂家とコネを作るなど出来る訳もない。
確かに七生のかんばせは悪くない。普通に黙ってさえいれば美形の部類だろう。
年頃の女生徒が黄色い声を上げるのも分からなくもない。
だが……どうしてもこの男とか反りが合わない気がするのだ。
「僕も宴席に混ぜてください。折角のお花見でしょう? 宴会の人数は多い方が良い。お嬢様方、失礼いたします」
「ど、どうぞこちらへ。まあ、駆けつけ三杯とは言いませんが、一杯どうぞ」
「おっとっと、これはどうも。甘酒でも綺麗な桜と麗しいお嬢様方と飲むとやはり味が違います」
五摂家が日本帝国でどう言った存在か。
政威大将軍は必ずこの五摂家から選ばれるのだ。
皇帝はほぼ政治の場には出てこない為、実質上日本帝国のトップである。
総領では無いだろうが、それでも一族は一族。
やはり隠然とした影響力はあるのだ。
「殿下、日本はお気に召しましたか?」
「その問いに答える義務はあるのか」
「……おっと、政治的に問題のある話でしたね。これは失敬。それでは、日本の春はお楽しみいただけているでしょうか?」
「あ、ああ。殊の外温かく心地よい感じだ。新京とはまた違った趣がある」
「ほう。我が帝国が莫大な予算を投じて創り上げた新京、僕も見てみたいものですね」
それは戦前の話だ。確かに日本の資本投下で街の基礎が創り上げられたのは間違いない。
しかし、戦後は美国や我々満洲帝国の民が発展させたものだ。
いちいち、気に障る。
もしや私を試しているのではあるまいか、と疑ってしまう位だ。
「是非ご招待したいものだ。国賓待遇でお迎えしたい」
嫌味交じりで答える。
「いやあ、楽しみだなあ。出来れば暖かい時期にお願いします」
こ、こいつ嫌味を嫌味と受け取っていない!
高度な腹芸とも思えないし、これがこいつの素なのだろうか。
七生はそのまま宴席を楽しんで帰って行った。
何だろう、どっと疲れた気がする。
花見は確かに楽しかったし、同窓の女子達と交流を深められた。
だが、七生だけはいただけない。
これから私はこの学校でやっていけるのだろうか。少し不安になった。
次:M-M第四話
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- サークル幻色灯代表にして雑用係。
専門はプログラミング。趣味はTRPGとPCゲーム全般。
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