※この物語はフィクションであり、実在の人物・事件などには一切関係がありません。
※オルタネイティヴ世界線とは異なる確率時空でのストーリーです。
※参考文献 「MUV-LUV ALTERNATIVE INTEGRAL WORKS」及び「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」
※©Muv-Luv: The Answer
1994年02月14日 満洲帝国首都・新京 満洲映画協会撮影所
どうしてこうなった。美国から伝わった聖ヴァレンタインの日。
満洲でも親しい人に贈り物をする日となっているのだが。
私は今、カメラの前でぎこちない笑みを浮かべている。
話が来たのは春節が明けた頃。
満映の監督が、是非にと私主演の映画を撮りたいと申し出てきた。
「国民の戦意を鼓舞するためです!」
と強く迫られたのでは致し方ない。
これも7000万国民のためと思い引き受けてみたものの、演技など出来るわけもなく。
監督は笑顔で映っているだけで良いとは言ってくれたが。
「はい、お疲れさまです。次はこの衣装に着替えてください」
監督に言われ、更衣室へ向かう。
そこに用意されていた衣装は――いわゆるバニーガール――美国発の有名な衣装だ。
「サイズはきっちり合わせていますから大丈夫です。さあ、着替えちゃってください」
スタジオの女性スタイリストがそう告げる。
「ちょっと待ってもらえないでしょうか。何故こんな衣装を?」
正直、監督の正気を疑い始めた。
「殿方の士気を鼓舞するにはこう言うのが一番なんですよ! さあ、さあ」
言われるままに衣装を着る。
本来、この手の衣装は胸がある女性向けではないのか……。
「それが良いと言う紳士がいらっしゃいますから大丈夫!」
私の心を読んだかのようにスタイリストが太鼓判を押す。
「ではこれを持ってください」
金属製のトレイと飲み物――恐らくカクテルの類――が渡された。
「こう持ってくださいね!」
ポーズまでご丁寧に指示される。
言われるままに更衣室を出ると、監督以下スタッフが息をのんだのが分かった。
「良いですよ陛下! 最高です。さあ、こちらへ」
照明の当たるスタジオの中心へ歩くと、一斉にフラッシュが焚かれ写真撮影が始まる。
明日にはグラビアが出回っているのかと思うと不思議な気分だ。
フラッシュが止むと、映像の撮影に移る。
履き慣れないハイヒールでスタジオを歩かされる。
歩き方まで指示された。こう言うのが良いらしいのだが。私はさっぱり分からない。
30分ほど撮影が続き、また着替えを指示される。
次の衣装は、美国チェーンで有名な飲食店の制服。半袖のぴっちりと肌に密着する白シャツと橙色の短パン。
これも、胸の大きい女性が着用していることで良く知られているのだが……。
監督は私に嫌がらせをしているのではないかと、正直思った。
スタイリストは早く着ろとせがむ。
もしかして、スタッフ一同私を着せ替え人形にしているのではなかろうか。
今度はビールのジョッキを置いた金属トレイに持たされた。
更衣室を出ると、今度は歓声が上がる。
監督は感極まったように恍惚とした表情を浮かべている。
「最高です! これは最高のフィルムになりますよ!」
その後も幾つかの衣装を着せられて撮影は続いた。
最後になって、監督は大元帥服を着て国民へねぎらいの言葉をかけて欲しいと要望する。
やっとまともな事を監督が言いだしたので安心した。
私は正装に着替え、スタジオにしつらえられた椅子に座り、国民への言葉を発する。
「国民の皆さん。今、我が帝国は未曾有の危機に瀕しています。異星起源種の侵攻は止まりません。さぞかし、苦労をかけていると思います。愛する人を戦地へ見送った方もおられるでしょう。今しばらくご苦労をおかけします。必ずやこの戦いに勝ち、再び安寧な生活を送られるよう、朕がここにお約束します。平和な国を再びこの手に取り戻すため、どうかご協力ください」
この時ばかりは監督以下スタッフも真面目な表情だった。
撮影が終わる頃にはとうに日が暮れる時間だ。
迎えの自動車に揺られながら、私は宮殿へ戻る。
玲花に撮影がどうだったかを聞かれるが、ぼかして伝えておいた。
彼女が真相を知ったら、きっと激怒するからだろうからだ。
後から七生から聞いた話だと、例のフィルムは最後の部分のみカットして上映されたらしい。
写真の類も没収されたとか何とか。きっと宮中からクレームが入ったのだろう。
それでも闇で出回った私の着せ替えグラビアは兵士達の間で高値で取引されたそうだ。
1994年02月20日 満洲帝国首都・新京
「どうだ、新京の街並みは? 京都に勝るとも劣らない眺めだろう」
私は七生を連れて、新京の観光案内をしている。
最初に連れてきたのがここ、新市街にそびえ立つ通称「協和タワー」だ。
新京は旧市街と呼ばれる城内と、戦後にその外側に広がった新市街からなっている。
その新市街に、当初はTV電波塔として建設が計画された。
日本の内藤多仲に設計を依頼。完成したのが1960年である。
現在は満洲一の高さを別の建物に譲っているが、しばらくの間は満洲一の高層建築物として名を馳せた。
ここからの眺めは素晴らしく、満洲の沃野が遠くまで見渡せるので観光スポットとして外せない場所だ。
「素晴らしい! 日本とはまた違った眺めです。一面に広がる大沃野。まさに大陸ならではです。贅沢を言えば夜景も見たかったですね」
「それは申し訳ないが諦めてくれ。一日予定を空けるのが精一杯だ。訓練中に見る夜景で我慢して欲しい。BETA相手に灯火管制などする必要はないからな」
「確かに! BETAは空からやって来ませんからね」
「……どうだ、あの時の約束は守れたか?」
「もちろん。京都の街並みにも負けない素晴らしい街並みです。日本はすぐに山が遮りますからね。雄大な大陸の平原は新鮮です」
「それは良かった。では次に行こうか」
「すみません、もう少し。もう少しだけここに居させてください。もっとこの眺めを楽しみたくて……」
私はうなずいて答える。
しかし、見渡すばかりの平原と言う事は、一度でもBETAの侵入を許すと防御地形がない事を意味する。
山海関からの長城線が抜かれてしまえば、あとは遮るものがない。
それ以外にも、モンゴル平原からの侵入も考えられる。
敦煌やソ連側からBETAが溢れたら……モンゴル人民共和国がどれだけ耐えられるか次第だが、あまり期待はできないだろう。
外蒙との国境線に築いている要塞線はまだ未完成だ。
状況によっては、侵攻までに準備が間に合わないだろう。
国防首脳も対策は考えているのだろうが……。
「――か、陛下! どうされました? 顔色が悪いですよ?」
「すまない、少し考え事をしていた。もう景色は堪能したか」
「ええ、充分に。次に行きましょうか――僕も同じ事を恐らく考えてますよ」
心を見透かされたような七生の言葉に息をのむ。
「僕達は衛士なのです。戦場で一匹でも多くのBETAを倒すのが任務です。国防計画は、偉い人に丸投げしましょう。僕達にはまだ戦略の経験が足りません。5年……いや3年生き延びてやっと戦略の基礎に手が届くくらいですね。今は、目の前の出来る事をやりましょう。ローマの休日ならぬ、新京の休日。次の機会はたぶんありませんよ?」
「そうだな。せっかくの休日だ。思いきり楽しむとしよう。今日は難しいことはいったん忘れよう」
「次はどこに連れて行ってくれますか?」
「旧市街の古い街並みを案内しよう。満鉄運営の地下鉄ですぐだ」
「楽しみです。では行きましょう」
そうだ。今は休暇を楽しもう。今日ばかりは年相応の少女として楽しもう。
だって、私はまだ15歳なのだから。
次:M-M第十一話
※次回の更新は10月01日を予定しています。
投稿者プロフィール
- サークル幻色灯代表にして雑用係。
専門はプログラミング。趣味はTRPGとPCゲーム全般。
読書は手当たり次第に読むタイプ。本棚がカオス。
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